×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。


「華武へ潜入調査に行ってらっしゃい」
「はぁ!?なんでオレだけ」
「持ち前の存在感の無さが偵察向きだからに決まってますわ」
「・・・いやでも他校生がいたら、さすがに目立つじゃないですか」
「だいじょうぶですわ!華武の制服がありますもの」
「なんでそんなモン持ってるんすか!しかも冬服!?」

・
・
・

「・・・ってわけなんだよ」
フェンスに押さえつけられていた肩をマント越しにさすり、落ちた学帽を拾い上げながら沢松は言った。
グラウンド脇、等間隔に植えられた木々が陽光を遮っていて
二人のいるその場所はまだ6時前だというのに薄暗い。
暑さをはらむ秋風が空気を申し訳程度にかき回し、葉のこすれる音と共に通り過ぎていく。

髪を風に揺らしながら、ぱんぱん、と丁寧な手つきで学帽に付いた砂ぼこりを払う沢松を
御柳は何か得体が知れないモノを眺める目つきで眺めていた。
夏が終わったばかりだというのに冬服を着、グラウンドに無断で侵入して
部活の様子を偵察していた不審者という意味ではなく
『今まで会ったことのないタイプだ』
そう感じたから。
ついこの間の夏の甲子園で会っていたのだけれど・・・会っていて、沢松の事を少しだけ知っていたからこそ。
今まで会ったことの無い人間にそそられる興味、湧き上がれども自覚するにはまだ遠い感情・・・

風が一際、葉を鳴らした。



御柳が不審者と思って捕らえたのは、顔よりもその髪型の方が印象に残っていた人物だった。
フェンスの揺れるけたたましい音と共に外れた帽子から黒髪の束が落ちるのを見て、
やっと沢松だと分かった・・・と言っても名前は本人の口から聞いてやっと思い出したのだが。
その記憶の曖昧さは御柳に非があるわけではなく、ごく当たり前のことだった。
二人は県対抗戦で猿野を挟んで一言二言交わしただけだったのだから。
しかし沢松にとってはその程度の面識で充分らしく
「でも見つかったのが御柳でよかったぜ。知らねぇヤツだったらホントどうしようかと思った」
などと、安心しきったように笑っている。
心の距離感は奇妙としか言いようがなかった。
御柳にとっては遠いのに、沢松はさも近しいといわんばかりに話す。
互いに名前以外の見えない部分を、ほとんど知らないというのに。
「・・・スパイに来たヤツがそのこと簡単に喋っていいのかよ」
御柳は探るように聞いた。目の前の人物に対する好奇心・・・それに練習に戻る億劫さもあった。
情報漏えいを水面下で阻止したと言えば、多少のサボりは許されるだろう。
なんならこのままコイツを監督の前に突き出してやってもいい・・・御柳がそんなことを考えていると
「あー・・・でも言い訳しても、どうせ無駄なんだろ?」
まるで頭の中を読んだように、沢松は諦め顔で言った。
「あ?」
「まぁ言い訳も何もないけど。偵察なんてやっぱ悪いことだしな」
「・・・」
意外な鋭さと、その鋭さをやんわりと隠す笑い方。
眉をひそめ歯を少しだけ覗かせる・・・『苦笑い』というものをここまで完璧に作る人物を御柳は知らなかった。
作り慣れているようなその顔を見て、どうしようもなくそそられていた興味は別の感情に取って代わる。
不思議な気持ちが頭をもたげた。それはモヤモヤした、何か違和感のようなもの。
そしてその違和感を払い除け、目の前の人物の奥まですべて見通してみたいという欲求・・・。
「どうした?」
黙りこんだ御柳に沢松は不思議そうな眼を向ける。
御柳は焦燥にも似たその欲求を悟られまいと、努めて平静な声を出した。
「なんでもねぇよ。ていうかお前なんで偵察なんてしてるわけ?猿野の命令か?」
「・・・」
御柳の口から猿野の名前が出たところで、沢松の表情が少し歪んだ。
それは注意深く観察していなければわからない程度のものだったが
自分の欲求に忠実に沢松を観察していた御柳は、それに目ざとく気付く。
「・・・違う違う、オレは報道部なの。だからスクープ求めてはるばる・・・ってね」
「報道部ぅ・・・?」
その名目で県対抗戦にも付いてきたのか・・・と御柳は密かに納得した。
「しかし御柳、天国のことは覚えてんだな」
「・・・一緒のチームで一緒の特訓して忘れるわけねぇだろ」
「あ、そうだよな一緒のチームだったしな。そんで一緒の特訓・・・?へぇ、あ、いやそうだったな。うん」
特訓のことを知らなかったらしい沢松は言葉を濁す。それを見て御柳は呆れた。

やっぱ取材なんてしていなかっただろコイツ。ただ応援して、騒いでいただけだ。
・・・猿野の隣で。


御柳にとって県対抗戦は、『全国優勝した大会』より遥かに重要な意味を持っていた。
今まで生きてきた人生の、本当に重要な部分に関わる出来事があって、
許しがたい自分の過去とようやく折り合いを付けれそうだったから。
だから他人も同然の人間のために使う記憶容量など無いに等しかったのだが
御柳はそれでも、記憶から沢松の姿を必死に探し出した。
スタンドから必死に呼びかけていた姿、自分と猿野が話している所に躊躇いがちに加わってきた時のこと・・・
顔や名前の印象は無いに等しいなかで、覚えていることがいくつかある。
一つが埼玉というよりは猿野一人を応援していたようなスタンドでの様子。
そしてもう一つが友達なら会話に加わることなど当たり前であるはずなのに
なぜか遠慮がちに猿野の横に立ち、御柳と猿野の会話には適当に相槌を打つだけだったということ。
御柳と別れてから沢松は初めて猿野に話しかけ、何やら二人で笑っていた、その背中、長い髪。

代表選手でない・・・野球部員ですらない部外者の沢松が誰よりも猿野の近くにいて、
十二支の人間はそれに違和感一つ感じていなかった。
辰羅川にその事を問いただしてみると「彼らはいつもそうですよ」と当たり前のように言う。
それほどに十二支では沢松が猿野の隣にいることは必然らしい。
御柳には部外者が入り込んでいるとしか見えず、奇妙に思えてならないというのに。
「お前、猿野とそんなにナカヨシ・・・なワケ?」
含みを持たせた言い方をする御柳に沢松は不信そうな顔をしたが、すぐになんでもないかのように言い返した。
「あぁ、長い付き合いだし・・・腐れ縁っていうか、天国はガキのころからずっと一緒なんだよ」
でもそれは少しムキになっているような・・・猿野と自分のつながりを誇示したいような言い方だった。
「・・・昔からオレが泣いてる時とか、いつも一緒に泣いてくれたし」
だから大事だよ、と沢松は少しだけ目を伏せて小さな声で言った。
「一人にしないでいてくれる」
と。
自分自身に言い聞かせているようなその言い方に、御柳の苛立ちが募る。
強がりにしか聞こえない。しかも沢松はそのことに気付いていない。
しかし相手の強がりに苛立つ理由など、突き詰めていけば思いやり以外ないことに御柳もまた気付いていなかった。
「お前はさ、猿野のためにこんなことしてんの?部外者のくせに」
「っ!」
言ってから御柳はハッとした。胸の中の苛立ちが知らず言葉に表れてしまっていたから。
その失態に思わずしまった、と唇を噛んだがすでに遅く、沢松は表情を固めていた。
しかし驚きと怒りのせいに違いないその表情は次の瞬間、困ったような笑みに変わる。
「自分のためだよ」
笑顔で、隠した本心を頑なに見せまいとしているのか・・・傷の深さすら推し量れない。
しかし『十二支のため』と言うべきところでこの答えを出した沢松に、御柳は自分の予想が正しいと確信した。

コイツは猿野のこと好きなんだな、という確信。

「オレのため・・・だ」
沢松は確認するように、どこか遠くを見ながら呟いた。
自分のセリフが場違いであることにも気付いていない様子だった。
「猿野のためだろうが」
「だから、天国のためになるから、オレのためなんだよ」
「・・・!」
思わぬ素直さで自分の気持ちを吐き出した沢松に、御柳は一瞬面食らった。
その言葉の穏やかさにも。
「自己満足なんだ・・・ただの」

最初のうちはノックの相手もできた、知識面でのサポートもできた・・・けど今は何もできない。
そうなってもなお、十二支の人間に植え付けてきた『猿野天国の隣にいる人間』というポジションを守りたかった。
天国の隣が、自分の場所でありたかった。

「猿野は知ってるのかよ。お前がそういう気持ちで、ここにいるって」
沢松は御柳のその問いに、そよ風に消されそうな声で「知らないと思う」と答えた。
「なんだよソレ。寂しくない?そういうの」
「・・・全然寂しくないよ」
「『全然寂しくない』・・・か」
あまりに予想通りの返答に御柳は鼻白んだ。そこに『全然』という言葉が付いていることさえも。
「何かできることがあるって思えるうちはいい。それが思い込みでしかなくても、いい。
 何もないって気付いちまったら、もう・・・って何言ってんだオレ!」
笑いながら今のは気にしないで、と沢松は言った。痛々しい笑顔だった。
「お前からなんか練習メニューとか聞き出せたらなって思って・・・馴れ馴れしくしたりして、ごめん。
  じゃ、ホントに悪かったな。情報とか、は・・・何も見ちゃいねぇから」
親しげにした理由を逃げ口上のようにまくし立て、スッと笑顔を引っ込めた沢松は
一刻も早く立ち去りたいかのように御柳に背を向けた。
心の奥底に沈め隠していた想いを、いとも簡単に掬い上げられたことに対する恐怖のような
恥ずかしさのようなものもあったのかもしれない。しかも、たった二回会っただけの相手に。
「お、おい!」
御柳は焦った。このままでは沢松の猿野への想いを吐き出させただけに終わってしまうと思ったから。
しかし今は、そのただ一つが自分が知ることのできる沢松の唯一である気もした。
それと同時に、沢松との関係を繋ぐ唯一だと気付く。友達の友達。猿野によって繋がっているだけの関係。

もっと直接つながりたい。

そう思った瞬間、駆け出しそうだった沢松の腕を御柳は無意識に掴んでいた。
沢松が驚いたように振り返った。髪とマントが、遠心力でふわりとなびく。
「なに・・・」
不信よりも、恐怖の方が強いような口調。
「オレのこと、嫌いか?」
「・・・は?」
「猿野と自分に近付くやつは、みんな嫌いか?」
「痛・・・なに言って・・・」
沢松は掴まれた手を振りほどこうと手を動かしたが、御柳はそれを許さず逆に力を込めた。
痛みに沢松の顔が歪む。
「なんでそんな、猿野に執着すんだよ」
かすかに見開かれた沢松の眼に狼狽の色が浮かんだのを、御柳は見逃さなかった。
そこに攻める隙を見出す。
「別に、執着してなんか」
「オレが猿野と話してる時のお前の様子・・・お前自分で気付いてた?
 一人にされるんじゃないかって、ビクビクしてるみたいに見えたぜ」
「・・・!」
「なんなの?お前さ、マジで猿野とどういうカンケーなわけ?」
「大事な・・・・・・・ダチだよ」
「ダチ・・・ねぇ」
「大事なんだよ。誰よりも」
そんな沢松の告白を聞いて御柳は知らず胸が痛んだ。
沢松を追い詰め、叶わない恋の告白を無理矢理させていることに対しての罪悪感ではなく、
沢松が猿野のことをただ単純に、単純なだけに強固に、好きだと思っていることに。

この胸の痛み・・・まるでコイツに片思いしてるみたいじゃないか。

「猿野は『一人にしないでいてくれる』って、お前さっき言ってたよな?」
御柳は口を開いた。
簡単で単純な問題を解くように。見逃せない矛盾を指摘するように、
まるで沢松の言葉に続く言葉は、それしかないといわんばかりに。
「じゃあなんでお前はこんな風に一人でいるわけ」
「!」
「・・・?」
沢松は明らかに驚いていて、当たり前のことを言ったつもりの御柳は
沢松の驚いた様子に心底驚いていた。
そのまま時が止まったかのように二人は何も言わなかった。
互いに、すぐには言葉が見つからなかった。



御柳は再度口を開く。沢松のつよがりを崩すために、確かなつながりを手に入れるために。
「猿野は『一緒に泣いてくれた』って言ってたけどよ」
今までと違うやり方で、優しさを少しだけ前に出して。
「オレだったら笑わせるけどな」
「・・・?」
「オレはお前が泣いてたら、お前のこと笑わせようとするけどな」
「・・・みやな」
「オレはお前に笑っててほしいか、ら・・・な」
その声はしだいにしぼんでいった。沢松の顔が今にも涙を零さんばかりに歪んでいたから。
それは笑顔とは逆の表情だったが、御柳の望んでいたものに違いなかった。
「そんなこと、言うな」
猿野への強固な想いに、少しだけヒビが入ったその瞬間だったから。
「オレ・・・そんなこと、言ってもらう資格、ない」
「そういう態度って」
嬉しさが胸を駆け上がっていく。それが頬まで緩めそうになって、御柳は顔を引き締めた。
「寂しいって認めてるのと同じなんだよ」
「・・・っ」
空が茜から藍に変わるまでの間、始終感じていた苛立ちの原因に御柳は嫉妬と名前を付けた。
その反面、猿野に感謝しなければ、とも思う。
沢松と自分を繋ぐキッカケを作ってくれたばかりでなく
沢松の中に入り込む、唯一で絶対の隙を与えてくれたのだから。
「それに資格なんて関係ないっしょ。オレが勝手にしたいって言ってんだから」
これからは痛みを癒すという名目で、近付いていける。
「沢松、オレはお前ともっと話がしてみたい」
好奇心・・・そんなモノよりずっと直接的で即物的な感情が御柳を動かしている。
片恋の痛みにつけこんだと思われてもかまわない・・・
自分の想いが思っているよりもずっとどす黒い色をしていることを知り
御柳は自分に呆れ、沢松の腕を掴んだまま暮れた空を見上げた。

いくらお前が猿野を好きだったとしても、泣いてばかりならオレとの友情をとれよ。
・・・友情なんて建前はいらねぇから、オレを選べよ。

沢松は何も言わず、手が離されたとたんゆっくりと踵を返し遠ざかっていった。
御柳も一番肝心な言葉は告げず、遠ざかっていく背中を見送る。
互いに本心を隠したまま探りあいをしていくことになるんだろうか?
それもまたゲームのようで面白いと、御柳は思った。
本当のところは猿野のいない所で沢松と会い、話をすることができるだけで嬉しいのかもしれない。
・・・よくわからなかった。
短くも長くもない時間の中で、自分の感情がここまで揺さぶられた理由すらも、まったく。
とりあえずはそれを探るために明日十二支へ行ってみようと思う。

沢松の驚く顔を想像して弛む頬をぺしりと叩き、御柳は嫌々練習に戻っていった。





   


                                                         



 
   
海斗さんからのリクで芭沢でございました!もうほんっとーーーにお待たせしました(土下座)
リク頂いたのが、そうですね・・・7ヶ月前ですね。なんて体たらくでしょうorz
芭沢、すごく好きなんですけどある程度の関係が出来上がるまでが難しいです!
始まりには何かしらの形で猿野が関係してるとは思うのですが・・・
そんでいったんひっついたらすごいラヴラヴです。


後日しっかり会いに行きました。
それでは、リクありがとうございました!!!