猿野の唇が肩をかすめ胸の突起へ下っていく。
ペロリ、と一舐めすると沢松の背がわずかに反った。
「んぅ!」
右を執拗に舌で舐め、左は手でつまんだり押しつぶしたりする。
そうやって猫がミルクを舐めるようなしぐさで猿野は沢松を愉しみ、
さらに下へ行こうとしたとき沢松は我に返った。
「ちょ、ちょ天国!待て、待てってストップストップストッ・・・」
「あーもうなんだよ!」
愉しみを中断されて不機嫌そうな猿野の視線を浴び沢松は赤面した。

猿野が沢松の上から退き、制服の上を脱いでいる間に沢松は上体を起こす。
落ちてくる数本の髪をかきあげるとさっき同じように猿野がしていたことを思い出してしまい
そしてその思考は止まることなく進む。初めてされたキス初めてされた愛撫、そして・・・
その時感じたのは恐怖でしかなかった。一瞬の快感はすぐに嫌悪に変わった。
これが猿野以外の人間だったら、嫌悪は嫌悪のままであっただろう。
でも目の前にいるのは確かに猿野で、嫌悪はなにか複雑な、別のモノになりつつある。
このまま拒み続ければ自分は被害者、猿野は加害者でしかない。
でも、それがなぜか堪らなく嫌だった。
被害者ヅラすることも、猿野を加害者にすることも。

オレは天国をかばってんのか?

沈みかけた思考を止めようと、無意識に布団の上にできた唾液のしみを指でなぞると
指先にひんやりとした感触が伝わった。
シーツと手首にこびりついた精液は乾いてきている。
天国、コレちゃんと洗濯すんのかな・・・と、
一瞬だけ今の状況を忘れ猿野の方を見た沢松と、上半身をあらわにした猿野の目があった。
その瞳に恐怖を覚えてしまう。
そこにあったのは、気付きたくなかった色。
色欲という名の、与えようとするのではなく自分の欲望を満たそうとする意思。
「沢松」
少しの間だけ見つめあった後、瞳にその色をたたえたまま猿野は近づいてきて
沢松の正面にしゃがみこんだ。
「ぃ、嫌だ!」
瞳を閉じ口付けようとした猿野の肩を、沢松は思いっきり押した。
すっかり油断していた猿野は、畳の上に後ろ手をついて倒れたが
ほとんど反射的に動いた口と両手に驚いたのは沢松も同じで、
信じられないという風に自分の掌を見つめている。
「あ・・・」
「さわまつ?」
ゆっくりと・・・必要以上にゆっくりとした動作で身を起こす猿野の、
その瞳にはまた新しい色、これは・・・
「今度は何が嫌なんだよ。もうわかんねぇよ沢松」
いい加減にしろと、それでも苛立ちよりも呆れの方が強いような声音に少しの安堵を覚え
オレだってわかんねぇよ。お前のことも自分のことすらも。
あぁもう泣きそうだ。と沢松は心の中で反論した。
「もしかして中断させたのも、こうやって抵抗するためなのか?」
そう言われて沢松はハッとした。本当はそうかもしれない。でも、あの時はただ恥ずかしかっただけで・・・
「いいって言ったじゃん」
「あまく、に」
「受け入れるって言ったじゃん」
「あ・・・」
そっと両肩に添えられた手を横目で見て戸惑う沢松の垂れた黒髪を猿野の指がすくい、絡める。
指先に神経さえも絡め取られていくような動作・・・それはひどく緩やかで、ゆるゆると心が紡がれるのを見せ付けられているような・・・。

力というよりは猿野の迫力のせいで音も無く布団に押し戻された沢松の髪が、宵闇に溶けこむように白いシーツに広がった。
そうやって上に見る猿野の濃い茶色の瞳にはいろんな色があって、それがくるりくるりと次々に表に出てくる。
すがる目も色欲の目も狂気の目も笑う目も泣きそうな目もすべてよく知った猿野天国のもので、
それを見てしまうと、沢松はもう、何も言えなくなるのだった。
耳を噛まれ、背中がぞくりと粟立つ。
猿野の口から漏れる吐息までもが刺激となって沢松を攻めたてていく。
シーツをきつく握っていた手を猿野の背に回そうかと一瞬迷い、引っかき傷をつけることを恐れて止めた。
そんな沢松の逡巡を知ってか知らずか、胸への愛撫がまた再開される。
指の腹で押しつぶしたかと思うと時々短い爪を立てて引っかく、
そんな動作がまさに女性へのそれで沢松は戸惑った。
「くぅ・・・ん」
「沢松、声出せ」
「ハァハァ、だっ、下・・・おばさんが、ぅ」
シーツを必死に握りこみ、唇を噛んで沢松は声を殺したが漏れ出るあえぎは押さえきれず、
声にならない声になって出て行く。
ハァハァと互いの呼吸の音が部屋を満たしていく中
ちゅ、という音と鎖骨辺りの感触に沢松は目を見開いた。
「あ、天国!て、めぇ」
「なんだよ、大声出せとは言ってねぇよ」
「痕・・・」
背中に傷を付けたら部活の時に困るだろうと、そんなことを思い
シーツを必死に握っていた自分はなんだったのか。
「あ?あぁダイジョーブダイジョーブ。目立たないから」
「こんな暗いのにそんなの分か、あぁ!?」
不意をついて猿野が形を変え始めた沢松自身を握りこむと、わめく声が嬌声に変わった。
「ひ・・・うぅ」
電気が走り抜けたような感覚に沢松が背中をかすかに浮かせた。
その反応を身体の下に感じ猿野は楽しそうに笑う。
「ははっ何?よかった?」
「あ、天国ぃ・・・」
そっと、上下に扱き始める。
「嫌だ、そこや、やめて・・・ひぁ」
「もう騙されねぇよ」
手の動きは止めないで顔だけを近づけ、せわしく息づく唇をペロリと舐めた。
「もう離さねぇよ」
猿野の言葉は冷たく、舌はやけどしそうなほど熱い。それが沢松の心をかき乱す。


愛撫の手をいったん止めると、猿野は制服に包まれたままの下半身を沢松の腰に押し付け始めた。
制服ごしでも分かるほどに猛っているのを感じる。
「ひ、あっ」
「沢松っ」
まるで貫いているかのように擦りつける動きにあわせ、二人の息も上がっていく。
「や、うあっ、あまくに」
「くっ」
猿野の苦しげな声が聞こえ下半身への圧迫がなくなったと思ったら
沢松は乱暴にうつぶせにされ足を開かされた。そして秘所に人差し指をあてがわれる。
ソコを猿野はそっと、しかしなんのためらいも無く指の腹で押した。
その信じられない行為と体感したことの無い感触に、沢松の高ぶっていた気持ちがすっと冷える。
同性とはもちろん異性とすら体験は無いが、この続きはだいたい想像がついた。
自分がこうむる苦痛、屈辱・・・
「天国やめろ!ちょっと、やめろって、なぁ!!」
冗談じゃない、と精一杯首を持ち上げ猿野の方を見ようとしたけれど、完全に陽が落ち
窓からの月明かりのみに照らされた猿野は、闇の中に輪郭だけを浮かび上がらせ、その表情は判別できない。
なんとか逃げようとシーツを手繰ったがそれはまったく無駄なことで、シーツのしわを増やしただけに終わる。
このまま暗闇の中でこの行為を続けることは、沢松にとって羞恥というより恐怖だった。
嫌だ嫌だと必死に、請うように呟き続けていると
探るように指の腹で秘所をさすっていた猿野の指がすっと離れ
次の瞬間、息を整える間も与えられず沢松の頭はシーツの乱れた敷布団に押さえつけられた。
「ひっ、う、うぁ」
手が震える。いつの間にか頬を濡らしているのは二人で交わしたキスの名残だけではなかった。
「沢松」
髪に絡ませた指で顔を引き上げ、猿野は震える沢松の耳元で言う。
「オレのこと、どう思ってる?」
「あ、ぅ・・・」
しゃくりあげる沢松の頬に伝う涙を、猿野の舌が舐め取った。その舌は、やはり熱い。
「オレ、沢松のこと好きだ」
はぁはぁと、震えを帯びた息を懸命に押さえ、シーツをぎゅっと握った沢松が発した言葉、それは

「怖い」

猿野の求めているものとはまったく別の言葉だった。