「なんで?」
予想外の沢松の言葉に、猿野の身体が強張った。
いいと言っていた筈なのに・・・思わぬ返答に不意打ちをくらった猿野は
大人の理不尽をまざまざと突きつけられた子供のような表情で、沢松の上からそっと退く。
「だって・・・やっぱオカシイだろこんなの、男同士で」
切れ切れの声で必死に訴えた沢松は、重石の無くなったけだるい身体を
今度は自分の意思でうつ伏せから仰向けにして、両腕で顔を隠すように覆った。
そんなことをしなくても暗闇がその表情を充分に隠しているのに。
その行為に、足をバタつかせることよりも言葉よりも沢松の拒絶を感じた猿野はただ途方に暮れるばかりだった。
「お前、いいって言ったじゃん」
沢松がそう言ったからオレは・・・猿野のその言葉は声にはならなかった。
「それは、天国が・・・」
あんな目を・・・今のこの気持ちだけじゃなく、全てを賭けてオレにすがる様な目をしたから・・・
色欲の目を拒絶してしまう一方、すがりつく目を受け入れたいと思う。
猿野の目がその両方の色を持っているから、沢松の心もない混ぜになる。

怖い、拒絶したい。

けど、本当は受け入れたい。
沢松のその言葉もまた、声となって猿野へ届くことはなかった。



永遠とも一瞬とも呼べる時間、二人は無言だった。
その静寂を裂いたのは衣擦れの音。
顔を覆い視界を閉ざしていた沢松がその気配を察した時にはすでに遅く、太もものあたりに猿野がのしかかった後だった。
「ひっ」
もう声すら上げられないほど消耗し、パニック寸前だった沢松の頬に猿野の手が優しく触れた。
「沢松。もう、いい」
「ぃ、や」
「ワリィ・・・今日のことも今からのことも忘れて」
「・・・あま、くに?」
「最後までしないからいっしょに・・・な」
頬を包んでいた手が、下半身に移動しゆっくりと上下にしごきはじめる。
太ももの上にのしかかられたままでは足を閉じることも出来ず、
沢松はただ無防備な体勢で受け入れるしかなかった。
片手で沢松自身を愛撫したまま、猿野は器用に自分のズボンからも猛っているものを取り出す。
2人をぴったり密着させて、両手で包むように愛撫していく。
猿野の熱い手が更なる熱を引き出していき、沢松はその熱に翻弄され、シーツの上でのたうった。
「あ、ぁあ!天国ぃ、あぁっ」
「んぅ・・・さ、わまつ」
2人の先走りが一つになり、ぐちゅぐちゅといやらしい音を部屋に響かせ、それに声が重る。
掌だけでなく、互いを使ってこすり合い、親指の腹で先をなでると沢松の背が弓なりに反った。
「アぅっ、あ、天国い、あぁっ!い・・・」
「いや?イイ?」
「も、イクっ」
その言葉の終わりと同時に沢松が猿野の腹に白濁を飛ばした。



「なんだよ・・・またお前だけ」
激しい虚脱感の中、腕で顔を隠しハァハァと息をつく沢松を見下ろして猿野はポツリと言った。
腹に飛んだ沢松の精液を人指し指ですくい、焦点の定まらない目で掲げたソレを眺めている。
「ハァハァ・・・んなコト、言ったってしょうがな、い?」
猿野はいったん腰を浮かせ沢松の両足の間に身を落としたかと思うと、
沢松の片足を持ち上げ自分の肩に乗せた。
「あ、天国もう、もういいだろ?もうヤ・・・ヒッ」
何も言わない猿野の濡れた指が、再び秘所を探るのを感じ、沢松の背中が凍った。
押し当てられ今度は撫でることなく、ためらいもなく、そのまま1本の指が侵入してくる。
「アァッ!や、抜け!抜けって、頼むから、なぁ天国、たのむ、から」
「いやだ」
濡れた指は中を傷つけることはなかった。
しかしその有り得ない異物感が耐えがたく沢松は身を起こそうとしたが、
片足を抱えられたままでそれは叶わない。
自由なほうで猿野を思い切り蹴飛ばそうとする前に、それを阻むように猿野は中で指を曲げた。
「あぁ!!ひ、ハァ」
「バカなことすんなよ?」
「やアァ、だっ、て最後までし、しないって、ハァ、言ったのに、うぁっ」
「お前だって嘘ついたじゃん」
「・・・え?」
それには答えず猿野はいったん指を抜き、今度は人指し指と中指を挿入する。
「〜〜〜〜っ」
ますます耐え難くなった圧迫感と不快感に沢松の顔がゆがむ。
しかしここでムリヤリ身体を起こし猿野に抗ったとしたら、もう手加減されない気がした。
殺されるかもしれない。
沢松ははっきりと感じることが出来た。「天国は今、自分の欲を吐き出すことしか考えてない」と。
脂汗の滲む額がシーツに付くほどに沢松は必死に猿野と、いま受けている屈辱から目を背け続けた。
まるでそれが、自分に残された唯一の抵抗だと言わんばかりに。
沢松をあざ笑うかのように中で2本の指が動き続け、
第2間接まで埋まっていたそれが、ゆっくりと深く入っていく。
侵入してくる異物を拒もうと反射的にギュウと締め付ける内壁が指に絡みつく、
そんな生理現象でさえ猿野にとっては愉悦だった。
「あまくにぃ・・・」
ぐち、ぐちと入り口をかき回す音を聞きたくない一心で沢松は猿野の名前を呼んだが、
そのかすれた声よりも卑猥な水音の方がよっぽど大きい。
快感よりも苦痛の方が大きいのと同じように・・・。
しかしそれとは裏腹に指で慣らされた入り口は柔らかくなってきている。
数回出し入れを繰り返してから猿野が2本の指を抜き
また具合を確かめるように1本入れるとそれは楽に受け入れられた。
それを確認してから指を抜き、抱えていた沢松の足をそっとおろすと今度は腰を抱え
すっかり萎縮した沢松とは対照的なものを入り口にあてがう。
「ちょ、おいマジで冗談じゃ・・・天国やめろって!なぁ」
今までとは違う熱を感じ、目を背け続けていた沢松が
思わず猿野の方を見て懇願に近い声を出したが、
猿野は無言でゆっくりと身を進めた。
「ひっ、あぅ」
指とは比べ物にならない熱と質量が中に分け入ってくるのを感じ、沢松はただただ
悲鳴を上げないようにすることに必死だった。
身を裂くような痛み、もしかしたら本当に裂けているかもしれない。
呼吸を整え少しでも力を抜こうとすると、えずきとも嗚咽ともつかない声が出てしまい、
それを振り払うように首を振るたび黒い髪が踊り、苦痛にゆがむ顔を隠す。
猿野は顔を隠すその髪をそっと払い、あらわになった目じりから流れた涙も拭ったが
それがさっきまで自分の中を侵していた手だと思うと耐え難く、沢松はそれを叩き落とした。
バシ、というひ弱な音が鳴る。
「さわ・・ま、つ?」
「う、ア・・チクショ・・・死ね」
手に残った痛みと、ぶつけられた拒絶の言葉。
それらは猿野を止める事は無く、むしろ猿野の中の自制心までも壊してしまったようだった。

受け入れて欲しかった。けれど受け入れてもらえなかった。
傷つけたくなかった。でも傷つけてしまった。
もういい、もう、いくところまでいってしまえ。

「いあっ、ぐ、ぅ」
いっそう強引に侵入してくる猿野自身に押し上げられるように噛み締める唇から声が漏れ出す。
「優しくしなくていいよな?もうオレさえイけりゃいいんだから」
猿野は自分に言い聞かせるように呟く。罪悪感を感じないように。
もうここまで来てしまったらそんなふうに残酷になりきるしかなかった。

「全部入った・・・動く、ぞ?沢松」
猿野の言葉が耳に入る。そんな言葉、聞きたくない。
まだ、この苦痛に続きがあるなんて。
何か終わらせる方法はあるか?沢松は必死に重い頭をめぐらせた。が、あるはずない。
あれだけ嫌だといってここまでヤられたんだから。
猿野が終わるまで、終わらない。
「やだ・・・天国、もうヤ・・・」
もはや猿野の一挙一動に反射的に出るようになったその言葉は
当然のように聞き流され、2人の声にまたぐち、ぐちという音が重なった。
円を描くように腰を擦り付け沢松の中をかき回したと思ったら、ギリギリまで抜いて、また突く。
はっ、はっというせわしい息づかいと、どちらのモノかいっそう量を増した先走りが出す音。
本当に、犯されているという実感。
沢松は叫びだしたい衝動を懸命に抑える。誰にも知られてはいけない。
身を守ることを投げ出した、それは自分のプライドを守るためじゃなく、
きっと猿野を守るためだったのだろう。
せめて外が嵐なら良かった。
息づかいは風の音に、卑猥な水音は雨の音に紛れてしまえば、いくらか楽だったかもしれない。
しかし空には月が浮かんでいる。
満月を少しすぎた頃の、行き過ぎて影を背負った十六夜の月。
腰の動きを早めた猿野が小さな呻きに似た声を出すと待ちかねていたように
深くささった猿野自身からも白濁が注がれた。




沢松の中から出ていった猿野の呼吸音に嗚咽が混じり、やがてそれはすすり泣きに変わった。
闇にまぎれかけたその顔に、沢松は『泣きたいのはオレのほうだ』と言いかけ
それを言ったら本当にもう、取り返しがつかなくなるような気がして思いとどまる。

暗闇に慣れた目で天井を見る沢松が感じていたのは、
猿野へ対する怒りでも憎悪でもなく
中途半端な態度を取り続け、猿野を傷つけたという自責の念だけ。
その自責の念を憎しみに置き換えて、猿野へぶつけられればどんなに楽だろうか。
ごうごうと流れる感情の激流に、流されてしまえばどんなに・・・
流れに逆らわなければ、前に進めるのだろうか?
そう考えて沢松は自嘲の笑いをこぼした。



この感情に流されてしまいたい、なんて・・・
オレが望んでいるのは進むことじゃない。
何事も無く二人で笑いあっていた頃に戻ることなのに。