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屋上へと続く扉の鍵はもうずいぶん前から壊れていて、
立ち入りを禁止されてはいたが屋上への出入りは実質、自由だった。
しかしそのことは鍵を壊した張本人の猿野と、その時その場にいた沢松以外の生徒は知らない。

先週からずっと雨続きだったけれど、今日は久しぶりに天気がいい。
それは思わず駆け出したくなるような、嬉しくなってしまうような青空で・・・
だから二人は屋上で弁当を食べることになった。
こんな日に人いきれに淀んだ教室にいるなんてもったいない、と。



降り注ぐというよりは包み込むような太陽の光。
空に浮かぶ薄い雲が千切れては消えていき、少しだけ空に近いこの場所にも心地よい風が吹き抜ける。
給水塔の下は二人だけの特等席だった。
「最近、雨ばっかでマジ部活キツかったんだよ」
声を反射するものがあまりない屋上で購買のパンをかじりながら話す猿野の声は、
会話の相手・・・沢松の耳に届く分だけを残して空に消えていく。
屋上は広々としていて開放感は申し分なかった。広すぎて落ち着かなくすらある。
大勢でワイワイやっていればそんなこと感じもしないのだろうけど、今屋上には猿野と沢松の二人しかいない。
「昨日なんて筋トレと校内ランニングのオンパレードでよ!それに・・・」
二人きりなのに・・・あるいは二人きりだからか、何かを意図したように部活の話ばかりする・・・
そんな猿野に沢松は軽い苛立ちを覚えた。
野球部のことに関してだけは、沢松は上手に喋れない。どうしても置いていかれる感じになってしまう。
それは単純に自分が野球部員ではないからかもしれないし、沢松自身も理解できていない他の理由があるからかもしれない。

『そういや久しぶりに天国と二人きりかもなぁ』

沢松が意味の無い相槌を打つのを止めてそんなことを考え始めたのは、ついさっきのことだった。
会話(それこそ世間話から少々きわどいものまで)やふざけ合い(犯罪ギリギリのものも含む)は教室で
(休み時間だろうが授業中だろうが)嫌というほどしていた。
夢中で喋って、バカなことで笑いあって『二人でいる』ということを意識する暇も必要もなかった。
沢松は思う。
今の自分たちの間で『二人でいる』ことと『二人きりでいる』ことの意味は大きく違っていて、
それを無意識に悟っていたから、オレは意識するのを避けていたのかもしれない・・・と。
昔の二人にはなかったもの・・・二人きりでしか出来ないことが、今の猿野と沢松にはある。

そんな物思いにふけり『今まさにオレ達は二人きりなんだ』と、
それに思い至ってしまってから沢松の口は咀嚼以外の仕事をしなくなった。
食べることに集中しはじめたわけじゃなく、頭の中がほかの事でいっぱいになってしまったから。
一口かじった卵焼きの味もまったくわからなくなるくらいに。
猿野の声など、もう音としてすら認識されずただ耳から耳へと素通りしていくだけだった。
外からの音をそうやって遮断した代わりに、自分の中の音がうるさく響く。鼓動が早い。心臓、脈・・・どきどきしている。
ヤバイ、と思うがもう遅い。気付かなければ普段どおりいられたはずなのに・・・
焦りと不安と恥ずかしさと、なにか熱いもので胸の奥がチリチリとうずく。
「さわまつー?沢松ー!?」

二人きり、なんて・・・

「オイ沢松!」
「!」
猿野の声が思考に淀んだ頭の中で爆ぜた。
「・・・え?あ、何?」
驚いた沢松が猿野の方を見ると、猿野は眉をひそめ自分のズボンの裾を無言で指差している。
沢松はその仕草をきょとんと見つめ、それからその指の示す先に目をやった。
「あ・・・」
いつの間にか箸から落っこちていた卵焼きが、ズボンの裾に乗っかっている。
考え事に神経を使いすぎたらしく、身体の末端がおろそかになっていたのだ。
思わぬドジに顔をしかめた沢松がそれを拾おうと手を動かした、それより一瞬早く、猿野の手が伸びた。
本当に何の他意もなく、ただ沢松の落とした卵焼きを拾おうとして猿野の手は伸ばされた。でも・・・
「ひっ」
沢松は猿野の手を反射的に拒絶し、びくりと肩を震わせ身体を引いた。
その反応に驚いた猿野は思わず伸ばした手を空中で止め、卵焼きに向いていた目線を上げる。
しかし自分の反応に驚いたのは沢松も一緒で、二人は無言で一瞬、見つめあった。
「あ・・・」
沢松は自分のその反応を恥じるように顔をゆがめ、赤くなる。
一方猿野は無言のまま沢松の顔が染まっていく様をしばし見つめてから、停止していた右手の動きを再開した。
ひょいと卵焼きをつまんで、それをそのまま自分の口に放り込む。
『どうした?』とは聞かない。理由は今の表情を見てわかったから。
無言で卵焼きを味わい飲み込んだ猿野は指をペロリと舐めた。
汚れていたからじゃなく、その仕草を沢松に見せ付けるために。
「・・・っ」
それを見る沢松の目が心なしか潤んでいるのを見て、猿野は目的が達成されたことを知り満足する。
食べかけのパンを傍らに置き、猿野はすり膝で距離を縮めた。
それから逃げるように沢松は慌てて後ずさろうとする。しかしその背中は無慈悲にも給水塔に阻まれた。



二人きりの時にしかできないことなんて望んでいなかった。
屋上に来たのはただ本当に、外の空気が気持ちよさそうだったから。ただそれだけ。
それともそう思ってたのは自分だけだったのか?
自問自答する沢松にお構い無しで猿野はぐんぐん距離を縮め、沢松の脚の上で今にも落ちそうになっていた弁当箱を脇にどけた。
卵焼きを落としたときよりも、さらに力の抜けてしまった手からとうとう箸までが滑り落ちて
一本がころころと転がり、もう一本はコンクリートの溝にはまりすぐに停止した。
「あ・・・あま、くに」
猿野の名前を呼ぶ沢松の声は消えそうなくらい小さい。
「やりたくなった?」
俯いて目をあわせようとしない沢松の顔を挟むように給水塔に掌を付け、囁く。
沢松はその中でビクリと震え、肩をすくませた。
「そういう雰囲気にならないようにオレ、気をつけてたのに。なぁ沢松?」
「・・・」
問いかけにも挑発にも無言しか返ってこない。ノーと言わないならイエスだ、と判断することにする。
それが決して思い上がりではないと知っている猿野は、押し黙り続ける沢松の顎を掴み軽く上向かせ、唇を親指の先でなぞった。
「んっ・・・」
少し開いた唇から震える息が漏れるのを感じると、そこから指を滑らせ頬を包むように撫でてやる。
きつく目を閉じる沢松の反応が、拒絶にも受け入れる覚悟にも思えて猿野を焦らせた。
性急に沢松の学ランの前をはだけ、襟元をひっぱってあらわになった鎖骨あたりをペロリと舐め、すぐに離す。
沢松は舌の熱を感じる間も与えられず、濡れた皮膚に乾いた風が当たる冷たい感触を感じていた。
「ぅ?・・・っ」
そしてその余韻を残したまま今度はキス。
沢松はたじろいだ。さっき食事をしていた時にはまったく分からなかったのに、
今のキスで卵焼きの味が伝わってきた気がしたから。
身体中の感覚という感覚がどんな刺激でも感じ取ろうと敏感になっているみたいに。
悪い兆候だった。こうなると理性を置き去りにして身体がどんどん先走る。
沢松の気持ちにお構いなしなのは、猿野だけでなく沢松の身体も同じだった。
猿野が触れることで、それが加速する。
「沢松、やりたい?」
「・・・」
猿野は襟元をひっぱっていた右手を、そっと沢松の左胸に移動させる。
触れたとたんビクンと震えた身体の反応と制服越しにでも伝わってくる掌の下の忙しなさで、
猿野は自分の言葉が間違っていなかったことを知った。
「すげぇドキドキしてる」
「・・・」
「顔赤いし。もしかして堪ってんのか?オレとしてから一人でしてねぇの?」
「ち、ちが・・・」
『オレとしてから』・・・その時のことを思い出し、一段と顔を赤くした沢松はとっさに否定していた。
プライドと羞恥がそう言わせた嘘。本当は違わない。
そんなことお見通しだといわんばかりに、猿野の手が下半身に移動して足の付け根で這い回る。
「んっ・・・」
「嘘吐けよ、ほら」
目を細めた猿野は沢松の太腿を人差し指で軽くつつき、次に全ての指で撫で、最後に掌でさする・・・
たったそれだけの悪戯も、二人の間では特別なことだった。触れることに意味が出来た。理由もあった。
「・・・な、にが」
「へ・・・?」
「なにが、『ほら』だよ!」
「は、うわ!?」
目を潤ませて正直に反応する自分を笑った猿野を、沢松は怒りよりも恥ずかしさから乱暴に突き飛ばした。
立ちひざでいた猿野は肩を押されバランスを崩し尻餅をつく。
「ってぇ・・・なんだよ」
「こっちの台詞だ!やめろよこんな、こんな所・・で、天国オマエわかってんのか?外だぞ!?」
「その前に学校だけどな」
体勢を立て直しながら、ナハハと猿野は笑い、そして・・・
「学校なんだからさ。オマエそのままで授業出るの、ヤバイだろ?」
明るい笑顔を引っ込め今度は意地悪い笑みを浮かべる。
猿野のその表情に、沢松はハッとした。
野球部の話ばかりしていたことも、自分に触れてきたことも、猿野にとっては遊びでもゲームですらない。
「天国・・・おま、え」
罠だったのだと、今になって気付いた。
「お前・・・まさか最初から、そのつもりで・・・」
「何言ってんだよ。先にやりたくなったのは、沢松だろ?」
自白となる言葉を勝者の顔で言う。
ここまで追い詰められなければ気付かないなんて
・・・それにしても、どうしてくれるつもりだろう。この熱を、この真っ青な空の下で。
「テメ・・・」
発した反論の声にはすでに艶を帯び、怒りはいつの間にか期待にすり替わっている。
その事実に沢松は負けを認めた。
「責任・・・とれよ」
「もち」
沢松はしてやったりの顔で笑う猿野の首に腕を回し、自ら唇を重ねた。
赤くなったこの顔を隠すため、腹の立つその顔を見ないため、そしてもう一つ、違う感情の奔流に呑まれて。