ムリヤリこじ開けられた足の間に猿野が座り込んで、もう戻すことが出来ない。
逆にきつく閉じたはずの目から涙がこぼれた。
いろんな感情をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ涙が。
これから行われる行為への恐怖。
もう元には戻れない悲しさ。
どうか憎しみだけはそこに入り込まないようにという願い。

しばらく苦しげに荒い呼吸を繰り返していた猿野が
意を決したように自分の太腿の上に、沢松の足を乗せる。
太腿と横腹で足をしっかり挟みこみ、沢松の腰が少し浮いたのを確認すると
ズボンのポケットからローションを取り出した。
自分のズボンが汚れるのもお構い無しで、それを指で押し広げてあらわになった秘部にたらす。
「ひぁ!な、なに!?」
「ローション」
猿野は意識的に感情を消しているような、ひどく平坦な声で答えた。
自分の指もそれで濡らし、猿野は沢松の秘部にそっと触れる。
「ひゃ・・うぁ、なんでそんな、も、持って」
「あったほうが便利だから」
「べんり・・・だか、ら?」
何をするのに?オレを犯すのにか。
沢松は汗の滲む額をカーペットに擦り付けた。噛み締めた唇は切れて血の味がする。
こめかみがどくどく言っている。心臓は爆発しそうだった。怖い。
目をきつくつむると暗闇の中に赤い色が広がる。血管まで切れたんだろうか。
「前のは失敗したなー。オレなんも知らなかった」
「・・ぁ、ぐ」
濡れた指は奥へゆっくりと侵入していく。
沢松は毛足の短いカーペットに汗と涙を吸わせ必死に耐えた。
猿野が指で内壁を擦り付けるのを感じる。
その摩擦が生むのは今は不快感だけだが、幸か不幸か痛みは無い。
「なぁ沢松。前立腺って知ってるか?」
さらに奥へ。猿野の指はもうすでに根元まで埋まっている。
「ぁ?や、動かすなっ・・て、あ、アァ!」
何かを探るようにナカをかき回す猿野の指がある一点に触れたとき沢松の背がビクリと震えた。
背中に電気が走ったような感覚に、沢松は思わず前に逃げようとする。
しかし足をしっかり猿野の太腿で挟みこまれていてわずかに腰が浮いただけに終わった。
「な、なに今、ひあ、あ、あぁ」
「男のいいトコだって」
「ひぁ!や、何、やだこんなヤ、おかしぃ・・・」
「ローションにはなんも入ってないぜ?お前が、じぶんで、こんなになってんだからな」
猿野は指で後ろを攻めながら、腰に回した手で膨らみ始めた沢松自身を握った。
「嫌がってるくせに」
「あぁ!や、さわんな・・・」
この刺激の中、前まで触られたらどうなるかわからない。
「今度はゆっくりしような。お前すぐイっちゃうもんな」
「そ、それは、ぁ・・天国が」
根元を握ったままいったん指を抜き、猿野はさらに中指も濡らしそっと入れる。
「あ、天国が、触るから・・・うぁ」
態度は拒んでいても身体はすでに慣らされ、2本の指は沢松を刺激し続ける。
痛みを感じる神経が快感でもつれ、絡みあい、狂って、正常な働きをしなくなっていた。
どんな刺激でも快感と勘違いするように。

そう、それは勘違いだ。勘違いなんだ。コイツに犯されて気持ちいいなんて。

「触るから?どうしたって?」
「アッ、もぉヤだ、止めろって、あぅ」
汗と涙で視界が滲みっぱなしの視界。
せめてもの抵抗に無意識に首を振ると、濡れた髪の先から雫が散った。
「ぐちゃぐちゃんなってる」
沢松の自身を弄んでいた猿野が満足そうに言い、
差し込んでいた指を抜くと、ぐぷ、という卑猥な音がした。
ローションと体液が混ざり合い、大腿を伝ってカーペットを汚す。
収めていた質量がなくなって、後ろがビクビクと痙攣しているのがわかる。
求めてるみたいで、恥ずかしくて死にそうだ、と
それだけでもそう思うのに、猿野は緩んでいた沢松の髪ゴムを外し
そのまま自分の手首に滑らせると手早く沢松の体を今度は仰向けに反転させた。
「・・・ぅ」
目が合っても、沢松はもう顔を背けない。
そんな抵抗はもう無駄だと悟っているのかもしれないし、単に背ける気力すらないのかもしれない。
かすかに震える呼吸が繰り返されているだけ。
猿野はそのうつろな表情を見下ろしながら自分もやっとシャツのボタンを外し始めた。
上を脱いだところで、思い至ったようにベッドの上の枕を取ると、それを沢松の腰の下にあてがう。
硬い床と接していた腰の痛みが消えて、沢松はそれが猿野の気遣いだと思った。
でも、それは勘違いだとすぐに思い知らされることになる。
猿野がズボンを下着ごと膝まで下ろし沢松の両足を抱え込むと、ちょうどいい高さに中心が合わさる。
そこに先端をあてがうと沢松の身体は強張った。
「いやだ!!やだ、入れるなって・・・天国、頼むから・・」
しかし手足を使えない拒絶は自分の苦痛をさらに増やしてしまう。
猿野自身が狭い入り口を広げて侵入してくると一回目で傷ついた部分がことさら鋭い痛みを発した。
「痛、あ、あぁ!・・うぁ」
それでもローションで濡らされ指で充分にほぐされたそこは
新たな傷を作ることなく最奥に到達する。
「はぁ、沢松、力抜けよ」
「う、ハァ、クソ、お前が・・抜、け」
猿野が腰をよじり、さっき見つけた一点を突くと沢松は反射的に短い声を上げた。
「イけそうじゃん」
その声に満足そうに笑うと猿野はもう一度腰をギリギリまで引き、一気に突き上げた。
「うあぁああ!!!」
猿野は沢松の腰を掴み、細かな律動を繰り返して責め続ける。
それにあわせて声を漏らす沢松は、それでもなんとか踏みとどまろうとカーペットに食い込む指先に力を込める。
しばらくその動きを繰り返していた猿野が気付いたように動きを止めその手に自分の手を重ねた。
そして沢松の手をそっと掴み、カーペットから中心に導いた。
「うぁ?」
「動きながらは、触れねぇから・・・」
「な、自分でや、ヤれってのか?」
「その方が、沢松も気持ちいいから」
そう言うと猿野は再び沢松の腰を両手で掴み、激しく揺さぶり始めた。
「ひ、あ、あ・アァ!」
的確に弱い部分を突く猿野の動きに、確実に快感が理性を奪っていった。
猿野が前立腺を突くたびに先走りがしたたり、自分のものを包んだ手を濡らす。
誰だって痛いより気持ちいいほうがいいに決まってる。
この手を動かして、イッてしまいたい衝動に駆られる。
その衝動に突き動かされて、沢松はそっと濡れた指で先端をこすってみる。
それだけで簡単に達してしまいそうだった。
一回目で思い知らされている。ここまで来てしまうと、もうあとは転がり墜ちていくだけだと。
理性が飛びそうになる。馬鹿だと思う。でも自制が効かない。流される。
恐る恐る上下に手を動かしてみる。先走りが潤滑油になるのと、気持ちよさで止まらない。

こわれる

何がかは解らないけど、確かに沢松はそう思った。
2人の関係、プライド、体・・・心もか?当てはまるものが多すぎる。
「あ、は、アァ!」
「沢松、気持ちイイか?」
「ん、うぁ」
返事は無い。しかし止まらない手の動きが何よりの答えだった。
「オレもイイ。も、イキそぉっ」
「あ、ちょっと待てナカ、ひぁっ、アァ!!」

・
・
・
・
・

沢松は自分の中と手の白濁をこぼさないように慎重に起き上がった。
体の奥から響く鈍痛と不快感に、思わずうめき声が漏れる。
落ちてきた数本の髪の毛が邪魔で、不快感がイラ立ちに変わる。
それを情けない格好で見ていた猿野は、謝ろうと口を開きかけたが「ごめん」のごを言う前に
「なんなんだよ、どうすんだよ、どうなんだよコレ・・・洗濯が、たいへんだ・・・」
渡されたティッシュで手を拭っていた沢松は、まるで自嘲するように言った。
それを聞いて猿野はあっけにとられる。
もっと酷く罵られると思っていた。もちろんそれが当然と覚悟もしていたのに・・・センタク?
「センタク・・・?」
「あぁ、もうオレわけわかんねぇよ天国。
  洗濯なんてどうでもいいはずなのに、そんな事しか思い浮かばねぇよ。
 なんだろうコレ、なんかオレ、オカシクなった・・・?」

それともこわれてしまった?

「怒ってないのか?」
「・・・怒ってるよ。ただよく考えるとそれってさ、こうやってカーペットが汚れたこととか中出しされたこととか
 そういうことに対してなんだよ。なんだろ、ヤったことの延長線上?なんだコレ、どうしてだ」
「沢松?」
「なんでもうすでに受け入れ態勢整ってんだよ。おかしいなぁ、こんなはず、ねぇんだけどなぁ・・・」
「・・・」
「ハハッ、こんなお人好しな自分が本気で嫌だ」
「・・・オレはそんな沢松が好きだけどな」
「!」
汚れた手を見ていた沢松の目が大きく開かれた。
沢松にとってその言葉は外から入ってきたはずなのに、体の内側から響いた。
どんなに堅い殻でも高い壁でも、やすやすと砕いてしまうような場所を的確に突いて。
「ぅ、人が必死に耐えてんのに・・・っ、そんな事っ、言うなよぉ」
沢松の壁は崩れて、泣き崩れてしまって、両目から鼻先に伝った涙がぽたりぽたりと際限なくこぼれ落ちていく。
どうにかそれを止めようと、手に持っていたティッシュを顔に当てた。
「あーあーそんなモン拭いたティッシュでお前!
 ・・・あのな、お前優しいんだよ。マジでいいヤツだよ。オレはそんな沢松が好きだよ。
 好きすぎてこんな、しちまって・・・でも許してほしいとは言わない。オレのこと拒絶したいならそうすればいい」
謝ることすらできない。それは優しい人に対しては甘えることと同義だから。
きっとそれが罰なんだよな、と猿野は独り言のように言った。
「・・・天国、オレがなんでこんだけ迷ってたか解るか?」
「嫌だったから」
「半分正解。お前のこと失うのが嫌だったからだ」
「・・・っ!」
「ハハ、お返しだバーカ」
沢松は涙を手の甲で拭い、きしむ体をいたわりながら床に散らばっていた下着とズボンを引き寄せた。
汚れてしまうのを覚悟で身に着ける。体も服も風呂場で後始末すればいい。
とりあえずシャツだけを新しいものに代える。
洗いざらしのそのシャツには、太陽の残り香がかすかにあった。
頭を突っ込み息を胸いっぱいに吸い込む。
そうやって吸った空気には太陽の匂いと精液の匂いが混ざりこんでいる。
服を代えても消せない匂い。
そうやって刻まれていく記憶。

『オレなら大丈夫だから。許すとかそういうんじゃなくて
 ・・・全部、忘れられるから。な?』

嘘。
きっと頭のどこかで忘れることなんて出来ないと、知っていた。
知っていたから拒んだ。でも、拒めなかった。
だからやっぱり許すしかなかった。
そして許すことには2種類ある。受け入れることそして諦めること。
今の気持ちはどっちだろうと考えあぐねて、自分の言葉に嗚咽を漏らしている猿野を振り返る。
その泣き顔を見て、この気持ちが前者だと思えた。
今はそれでいいと思う。たとえそれが間違いでも。
自分のどこかが壊れているのだとしても、二人が一緒にいる今は、それで。
「ホント、オレはお前に甘すぎるよな・・・今思えば惚れた弱みだったのかもなぁ天国」
泣き続ける猿野に言いながらカーテンを開けると、部屋と外の暗闇が溶け合った。
心地よい夜風が乱れた髪を揺らす。
・・・夜風?




「やっべぇ・・・窓開いてた・・・」