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はじめての時ことは自分なりにいろいろ考えていた。
鼻のぶつからない顔の角度、自然な息継ぎの仕方、目を閉じるタイミング、
手を添える場所・・・その他経験しないとわからないことまで、
想像の中でオレはすべて完璧にこなす。イメトレは完璧。ただ、相手の女の子だけが白紙ののっぺらぼう状態。
ただ、すごくかわいい女の子のはずだ・・・った、のに。
現実は鼻どころか歯がぶつかって音が鳴るし、息継ぎなんてかまってる余裕ないし、テンパって目を閉じるのも忘れてたし、
あろうことかオレの手は、優しく添えられるどころか抵抗を封じるためひどく乱暴に働いた。
そうやって無理やり頭突きの失敗したようなキスをした相手は・・・沢松だった。


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「二人きりで話せる場所、お前が選べ」
その出来事があった日の授業がすべて終わったあと、沢松は意外なほど早く一歩を踏み出してきた。
目線は机に落したままオレの名前も呼ばない。
ただ、その声の音量がオレにだけ聞こえる程度のものだったから、それがオレへの語りかけだと理解した。
オレ達の意思疎通にはそれだけで十分だ。
「じゃあオレんち」
沢松はそれを聞くなり返事もせず立ち上がった。オレもカバンを取って部活に向かう。待ち合わせなんていらない。
オレの部活の終わる時間くらい沢松は知ってる。そして今日はおふくろの帰りが遅い日だということも知ってるはずだ。
それがどういう意味を持つのか気付いてはいないかもしれないけれど。

※

部活が終わって暗くなり始めた時間に家に着くと臨時休業の張り紙の隣、引き戸に寄りかかっている沢松がいた。
一度家に帰ってまた出てきたんだろう、学ランは脱いでカッターシャツ姿で荷物はない。
オレが学ランのポケットから鍵を取り出してる間に立ち上がって、引き戸が開くとすぐ敷居を跨ぐ。
もう何回も、何千回も繰り返してきたことだ。
戸を開けたオレを無視して沢松は勝手に店の中を通りレジ奥の階段を上り2階に向かった。
それもいつものことだ。オレはそんな沢松の背中に『オイここはオレの家だぞ』って言ったり・・・
そんな冗談も、もう何百回やりあったかわからない。
でも今日はそんなこと言い合う雰囲気じゃなかった。
ここに来た時点で拒絶という選択肢は消えているはずなのに、沢松の背中が全力でオレを拒否していたからだ。
オレだって少し、怖い。
その証拠にまったく部活に集中できなくて何度エロヒゲに怒鳴られキャプテンのケツトンボを食らったことか。


こんなに早く部屋で沢松と二人きりになるなんて思ってなかったから、部屋は掃除もしてなくて汚かった。
寝巻きが脱ぎ散らかしてあるし、布団は敷きっぱなし・・・オレ達はそんなこと気にするような間柄じゃないけど、
敷きっぱなしの蒲団、それだけは今のオレ達にとってなんだか特別な意味を持っている気がして意識してしまう。
沢松は背を向けたまま・・・オレもしばらく入口に立ちすくんだままだったけど、取り合えず荷物を置いてふすまを閉める。
沈黙。
ふすまを閉めて完璧にこの部屋だけ別空間になったみたいだ。いつもは聞こえてくる近所のガキの声や
車の音、カラスやらなんやらの鳥の声まで今日はまったく聞こえなかった。
「・・・さわ
「なんだったんだろうな!今日の」
問いかけを遮って無理やり『始めた』のは沢松の方だった。
「さすがにビビったぜ・・・」
くるりと、髪を揺らして振り返った微妙な笑顔に、オレはなんだかめちゃくちゃムカついて・・・
「まぁ、忘れるから、さ。悪ノリだったって思って」
「・・・」
何も言えない。言う気にもなれない。
沢松も気づいてるんだろう、オレが黙り込むなんて普通じゃないって。必死に次の言葉を探してるのがわかる。
そんな様子を見てて気づいた。『オレの方が優位だ』って。だって被害者は明らかに沢松なのに、沢松の方が必死なんだから。
「つ、ツッコめなかったオレにも問題あるしな!だからあんな、微妙な空気になったんだよなあの時」
「・・・」
『あの時』・・・その後沢松は上半身だけ体操服、下は制服のズボンという格好のまま教室から出て行った。
オレは顔を腫らしたまま体育の授業に出たけど、その結果が2回の顔面レシーブだ(どうでもいいけど授業はバレーだった)
クラスのやつらはオレと沢松が殴りあうことなんて日常茶飯事と知っているから、怪我のことをしつこく聞かれることはなかった。
ただ、殴られた痕にボールがぶつかって死ぬほど痛かっただけ。
それでも真面目に授業を受けたのは、あの恰好で出て行った沢松が体育に出席するとは思えなかったから。
つまり、はち合わせが怖かったんだ。
授業を終えて教室に戻るときっちり制服を着込んだ沢松が机に座って窓の外を眺めていて、
沢松ーサボりかよーと言うクラスの奴らと笑って何かしゃべっていた。オレはそれを無視して自分の席についた。
隣の沢松は目を合わせようとしなかった。
「なぁ天国」
ただ、クラスメイトに向かって何でもない風を装うセリフを滑らかに吐き続ける、
その唇が切れているのをオレは見逃さなかったけど。
それは外見に表れている沢松のたった一つの変化だった。
拭って、擦りすぎてそうなったのか、それとも悔しくて噛んだのか・・・。
「なんとか言えよ!」
そんなに嫌だったのかなぁ・・・まぁそりゃそうか。オレにファーストキス奪われたんだからな・・・。
「頼むから、ギャグだったって言ってくれよ・・・」
「・・・そんな言い方」
そんなに嫌だったのに他人の前で見事なまでに内面の変化を隠し通してた沢松には感動すら覚える。
でも、今オレ達は二人きりなんだ。相手がいないなら隠し通す意味がない。
だからオレには隠す気なんて最初から無い。取り繕う気すら、まったく。沢松もなんとも思ってない風なんてやめればいいのに。
「認めてるのと同じだろ?沢松」
もう戻れない。隠し通すことを諦めて走り出してしまったこの気持ちは。
「なのになんで、そんななんでもないような言い方すんだよ。本当はめちゃくちゃムカついてるくせに」
「天国・・・オレはムカついてるんじゃなくて」
「オレが怖いから?」
「ッ―!」
思いっきり殴られた。普通ならよろけるだけで堪えるんだけど、
昼間殴られた上に部活でこってり絞られたオレは疲れが足に来ていたのか
体勢を崩して尻から畳に倒れこんで頭を後ろのタンスにぶつけた。
「オレが怖いのは!」
沢松の息が切れてる。ガンガンする頭で『殴ったくらいで体力ねぇな』とか考えたが、それは嗚咽なのかもしれなかった。
薄暗い部屋の中で顔を上げてそれを確認しようとしても、よく分からなかったけど。
「オレが、怖いのは・・・なんで解らないんだ・・・天国」
「解らなくない」
わかってんだよ沢松。同じなんだ。オレだって怖いよ、オレ達の関係が壊れてお前を失うのが。
お前のこと失ったっていいなんてぜったい思えない。
「でも無理なんだよ」
こんなことしちまうくらい、好きでどうしようもない・・・のかも正直わからない。
でも、ただ、このままだと本当に壊れたままになるから。
もう後戻りはできないから。どうしたらいい?

それでも気持ちだけが闇雲に走り出す。進もうとしているのか、逃げようとしているのかもわからないまま。