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※神盟中時代





真新しい中学の制服に身を包みながら、私達は過去に捕らわれ続けている。



始業式とHRを終えたクラスメイトたちは希望と不安を胸に部活動見学へ飛び出して行き、教室には私たち二人きりだった。
小学校と違い全部が同じ高さの机は、慌ただしい入学の日を終えてなおキチンと整列している。
それはまるで新入生の緊張を表しているみたいだったけれど、私には整列した机の作り出す通路がまるで迷路のように思えて、
乱れた心でその中にいると出口を探す気力すら奪われてしまうような悲しく恐ろしい気分になった。
一方、犬飼くんにはそんなことを考える気力もないみたいだ。
「もう、いやだ」
犬飼くんがこんなにも弱々しく痛切になにか訴えるのを、私は初めて聞いた。
空いた穴を塞ぐことも出来ず崩れそうになるのを二人で支え合ってここまで来たけれど、
自分達のいる場所が深く暗い場所であることを改めて思い知らされて胸がすくむ。
眩しすぎる思い出は私達の間の影をよりいっそう濃く浮かび上がらせている。

「何を言うんです」
思いのほか冷たく鋭い声が出てしまったことに私は驚いた。
叱責の意味を持たせたつもりは無かった。そういう声音になってしまったのは不安のせいだった。
そして次に襲うのは、犬飼くんを思いやる事を一瞬でも忘れたことに対する後悔と自責の念。
「野球なんて、もういやだ」
「・・・」
多くのものを失うまで野球のことしか頭に無かったであろう犬飼くんの口からその言葉が出て、さすがに平常心ではいられなかった。
大切な人を失い、友人に裏切られ、左腕も壊された・・・それは人が絶望するには充分過ぎるダメージだろう。
殊に、それに注いできた想いが純粋で大きいのなら、なおさら。
しかし今度は失うのではなく、犬飼くん自ら捨てようとしている。その意味はまったく違う。

辛いリハビリだったのは知ってる。それが肉体的な苦痛だけではなかったことも。
でもそれに耐えてきて、やっと回復に向かっているというのに。
「何を言うんです」
さっきと同じ言葉を繰り返した。『なんのためのリハビリだったんです』という言葉を寸前のところで飲み込んで。
日常生活を送る分には問題ない犬飼くんの左腕・・・それは野球をやらなければ完治していると言っても過言ではない。
だから犬飼くんがリハビリを止めることは、野球を辞めることに直結している。
それは私にはどうしようもないことだった。折れたのは他の誰でもない犬飼くんのもので私の腕ではないのだから。
支えることはできても、治すことはできなかった。ましてや代わってやることなどできるはずもなかった。
「言わないで・・・そんなこと」
私の懇願は犬飼を素通りして窓の向こうの青い空に消えた。
犬飼くんの目は机の上の、部活動一覧が記載されたプリントを見たまま動かない。でも何も見てはいない。
私も犬飼くんが動かないせいで傍らに立ちすくみ動けないまま。
「犬飼くん」

夢を捨ててしまわないで。

胸にふいに浮かんだその言葉。
それの指すものが犬飼くんの夢なのか自分が犬飼の球に見た夢なのか、私には分からなかったけれど
犬飼くんがここで野球を辞めてしまえば、その夢は永久に消え去るのだろうということだけは、私は目ざとく悟っていた。
・・・イヤだ。
悟ったところで猛烈にこみ上げてきた気持ちのやり場は無く、ただひたすら子供のようにイヤだイヤだという
叫びだけが頭の中でリフレインする。私の未熟な意識に一通りの絶望と己の無力さを思い知らせながら頭を内側から叩き回り、
次に妙に冷静な、しんと静まったような瞬間が訪れた。
「それなら、私は」
涙は出なかった。涙さえも飲み込んでしまうほどの感情の波が私の中に存在していた。

「それなら、私はあなたのそばからいなくなってしまいますよ」

その感情が、夢を守るため自分の大切なものを人質にさせた。
なにを馬鹿なことを言ってるんだろう、そんな正常な自分の声はあまりに小さく、汚れた自分が正常な自分をあざ笑った。
涙を通り越した表情も合わさって、その脅迫には説得力があったらしい。犬飼くんの目が軽く見開かれたのがその証拠だ。
犬飼くんは私の言葉にこんなにも動揺している、と。その言葉に正常な私までもが嬉しさを感じてしまったことには、気付きたくなかった。
「・・・いなくなってしまいますよ?」
もう言ってしまったのだから取り返しが付かない・・・その事実に押されて私は追い討ちをかける。
野球で知り合い野球を通して付き合い続けていたのだから、二人を繋げるそれがなくなれば離れていくのは必然だと、
そう思っている犬飼くんの無意識に語りかけ続けた。

実際にそんなことはないのに。
私は絶対に犬飼くんから離れたくなかった。野球を辞めてほしくないという気持ちよりも強くそう思っていた。
だから大切なものを失い、もう充分に弱りきっていた犬飼くんを追い詰めると知りながらその残酷な脅迫をした。
私には犬飼くんが野球を辞めることはない、という確信があった。
そう、犬飼くんはもう充分に大切なものを失ったのだから・・・だからこれ以上何も失いたくないと思っているはず。
そして犬飼くんにとって自分がどういう位置にいるのか、私は悟ってもいたから。
だって全てを知り、一番辛い時に傍に居たのは私なのだから。
・・・なんて汚い自尊心だろう。


互いに何も言わない間も、私は犬飼くんの変化を観察し続けた。
そして沈黙に居心地の悪さを感じ始める頃、犬飼くんの目が、鈍くだが輝きを増したのを感じた。
太陽の色で刃物のような鋭さを帯びて・・・それは私が始めて見る犬飼くんだった。
私の知らない目が見据えている先・・・私も同じように視線を移して見たのは、一つの部活動の名前だった。

『男子ソフトボール部』

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・
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それが私達の長いリハビリとカウンセリングの場となった。
全国の中学ソフトボール選手・・・男女を問わず、その間で私達のバッテリーが名を馳せるのは、もう少し先の話。
そして、私があの時犬飼くんの見ていた本当のものに気付くのは、もっと先のこと・・・



犬飼くんがあの時見ていたのはきっと、裏切った友人をマウンドで叩きのめす自分の姿だったのだろう。
彼を再び野球に駆り立てたのは、夢ではなく憎しみだったと、私は情けないことに
本格的に左での投球練習を始めて、球を受けたときに初めて知った。いつも一緒に居たというのに。
それに気付いてから、私もまた違う形に変わってしまったのではないだろうか。捩れてしまったというほうが適切かもしれない。
傷だらけの犬飼くんをさらに追い詰めたこと。犬飼くんの変化に気付けなかったこと・・・その消えることのない2つの罪によって。
だからその償いのために、私は何を犠牲にしてでも犬飼くんのためにミットを構え続ける事を誓ったのだ。
しかし突き詰めてみればそれは犬飼くんの傍にいたいという自分の願いを押し通した結果に過ぎない。

私は、なんて自分に都合のいい罪を犯したんだろう。


私は思う。
自己犠牲を建前にして、あなたから一番大切なものを奪ったのは他ならぬ私ではないか、と。
そうだとしても、そんなこと望んだわけじゃないんです。ただあなたに野球をして欲しかっただけ。
願わくば、私の傍で。
でも


あなたに一つだけ聞きたい・・・

野球は










楽しいですか・・・?



 
   

***
神盟〜十二支初期。暗いわ読みにくいわ解りにくいわ・・・。
でもこの二人は本当に十二支で良いチームメイトに恵まれてよかったなぁと思います。
猿野がいたこととか・・・奇跡。