牛尾の鼓動は、上着のせいで感じられない。自分の鼓動はどうだろう?と辰羅川は思った。
無駄な抵抗かもしれないけれど、これ以上、心の中をのぞかれるのはいやだった。
「痛ぁ、あ」
指2本と手袋の質量が、辰羅川の入り口を押し広げる。
「イヤだっ無理、むりで・す・・ぃ、イタ」
密着した体を少し離して、牛尾は辰羅川の唇に自分の唇を当てた。
牛尾は苦痛を汲み取るように、声を引き出すように
舌を挿しこみ、絡め、左手で耳を愛撫する。
「んぅキャ、プ・・テ・・・」
そうして引き出した声が苦痛のあえぎではなく自分を呼ぶ声だと気付いた牛尾は
辰羅川に突き立てていた2本の指を、そっと抜いた。
「なんだい?」
荒い息を繰り返すたびに上下する胸を見ながら牛尾は問う。
その胸は、辰羅川自身の白濁と牛尾の痕で汚れていた。
「・・・」
「言いなよ」
「あっ、く」
俯いていた辰羅川の髪を掴んで引き上げ、吐息がかかるくらいに顔を近づける。
2人を隔てているのはもはや、薄い闇だけだった。
「手、手袋を・・・」
「ん?」
「手袋を、外して、ください・・」
「どうして?」
「こすれて痛いん、で、す」
消え入りそうな辰羅川の声を聞き、牛尾は何度目かの忍び笑いをする。
「フフ、君は『犯される相手』にそんなことをお願いするの?」
「・・・っ」
「和姦じゃないのに」
「・・・キャプテン」
懇願するような辰羅川の口調に、牛尾はしょうがないという風に肩をすくめて見せた。
「じゃ指はやめようか」
その言葉が終わると同時にいきなり突き飛ばされた辰羅川は
手の甲をベッドのパイプにぶつけてしまった。
痛みに顔をしかめていたが、そんな痛みはすぐに次の牛尾の行動のせいで、かき消された。
自分のズボンと下着をすばやく脱ぎ、辰羅川の下半身を持ち上げて足をひろげさせたのだ。

色恋のことには疎く、人並みの経験も無い辰羅川にも、この先のことは不本意ながら想像できた。
それはそういうコトに敏感な周囲から、求めるべくも無く与えられた知識であり、
その内容はまったく信じられないことだった。けれど・・・
まさかこの身をもって思い知らされることになんて。
「や、待ってください!やだ、キャプテ・・あ、ああぁぁああ!!」
先端をあてがい、そっと牛尾が身を進めると、先端が辰羅川のソコに埋まった。
かすれた声はなんの抵抗にもならない。牛尾を拒んだのは、ただその場所の狭さだけ。
「あ、はぁ・あぅっ」
しかし、そのなけなしの抵抗さえも容易く突破された。
足首を持って掲げられ、くの字に折れ曲がった辰羅川の中に牛尾がさらに這入っていく。
天井を向いた足指が空を掴むようにぎゅっと握られる。
「力抜いて。本当は痛い思いをさせたくないんだから」
「っあ、ひゃぁ?」
牛尾が足の裏をすっと撫でると、くすぐったさに辰羅川は身をよじる。
そんな反応を愛しそうに眺めさらにゆっくり身を進めていく。
「う・・・」
辰羅川は必死に呼吸をし、少しでもダメージを減らそうとした。
この体勢で抵抗してもどうせ無駄に終わる。自分が惨めになるだけだった。
「全部入ったよ」
「あ、うぅ・・・」
暗闇に慣れ始めてしまった目は、ものの輪郭を捉えつつある。
ちょうど現像前のネガのような視界。
それを解っていて牛尾は辰羅川の足首を前に押し出し、結合部を見せ付けようとする。
「今、どんな気持ち?」
「・・・」
新たに見たくもない絵を焼き付けられて唇を噛んだ辰羅川の態度に
ため息を漏らしたかと思うと、牛尾は深く繋がったその体勢のまま
隣のベッドに手を伸ばした。
「う、あぁ!?」
突然のその動きに辰羅川は反応してしまう。
こらえる間も準備も与えられず漏れてしまった嬌声とも取れる声に辰羅川が唇を噛んでいると
急に視界が鮮明になった。
隣のベッドに置かれていた自分のメガネをかけられたのだと気付くのに数秒かかる。
自分のあられもない姿、一糸乱れぬ牛尾の姿。
チョーカーと2つの瞳がかすかな光をたたえて浮かんでいる、
それがはっきりと闇の中に見えた。
「ねぇ、今どんな気持ち?」
結合部を見せ付けるかのように牛尾が身体を前に押し出すと
辰羅川は苦しげな声を上げた。
問いの答えは得られなくともその声に満足したのか、牛尾は嗜虐的な笑みを浮かべ
ゆっくりと腰を引き、また差し入れる動作を始めた。
牛尾が腰を引き差し入れるたびに、ぐちゃ、ぐちゃと音がする。
あぁ、始まってしまった。と辰羅川は思う。
しかしその反面、これが終われば解放されるという思いもあった。
わずかに残る苦痛と嫌悪感が、辰羅川にわずかばかりの余裕を持たせていた。

抜き差しを繰り返すばかりだった牛尾が先端を辰羅川の内壁に擦り付けるように
かき乱し始める。
苦痛と嫌悪を耐え、必死に声を殺していた辰羅川だったがある部分に触れたとき、
「ひぁ、あぁ!?」
今までとまったく違う声を上げた。
「あぁ、ココ?」
こともなげに言った牛尾が身を引き、もう一度深くソコめがけて突き刺す。
「うぁ!?や、アァ!」
苦痛と嫌悪に割り込んできたのはまったく違う感覚。
さっきまでの、足や手で与えられていた感覚とはまったく比べ物にならない刺激。
過敏な辰羅川の反応に、牛尾はそのポイントを執拗に攻めた。
揺さぶられ突き上げられるたびに漏れる声と涙。
「あ、ああ、あぅ!んぅ」
「辰羅川くん、どうして君は、僕に犯されているの?」
「ひ、ふ・・・」
「言って」
「あ、あぁ!!!」
腰を掴んでいた牛尾の手が再び辰羅川自身を握りこみ、上下に扱き出した。
指先を食い込ませるように先端をいじられて、声を抑えることが出来ない。
ビクビクと足先がひきつるように丸まる。
「ねぇ、言ってよ」
「ア・あぁ・・ひ・・・・っか、ら」
「ん?」
深く繋がったまま牛尾は自分の肩に乗せていた辰羅川の足をそっと下ろし
その口元の耳を寄せた。
先刻辰羅川が放った、乾きかけた精液が牛尾の上着を汚したが
それに気付いていないのか、気にしていないのか、ピタリと身体を寄せている。
「犬飼くんを、愛してる、から、ぁ」
その答えを聞き取った牛尾は、今度は自分の唇を辰羅川の耳元に寄せて呟いた。
「正解」
と。
体を離し、また愛撫を再開する。
腰を打ち付けながら辰羅川自身も指で刺激する。
それはとても優しく、快感を引き出すためだけの行為で
それが余計に辰羅川を苦しめた。
これは和姦なんかじゃなく強姦なのだと思うことで、辰羅川はぎりぎりのプライドを保っていから。
牛尾が優しければ優しいほど、めまいにも似た苦しみが襲う。
「もう、ヤ、止めてくださ・・・」
牛尾自身からあふれるものも手伝って、辰羅川はまったく痛みを感じなくなっていた。
苦痛を忘れるほどの快楽に、それによって倍になった悔しさ。
牛尾は壊れ物を扱うような手つきで、辰羅川を傷つけ続ける。
「ひ、あぁ!も、やだキャプテン・アッ・あぁぁっ!」
やがて辰羅川が限界を超えると、牛尾も辰羅川の腹に白いものを放った。

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「うん・・・うんじゃあ一時間後に正門前に。
 途中で後輩の家に寄ってもらうから」

携帯電話を閉じ顔を照らしていた電光が消えて
保健室は再び闇におちた。
空調が消えた室内は辰羅川のかすかな寝息以外、音は無い。
そっとベッドに歩み寄った牛尾は静かにカーテンを開け
それからその手を眠る辰羅川の額へ寄せ前髪をそっとすいた。

牛尾によって整えられた衣服。
何事もなかったかのように眠る辰羅川の月明かりに照らされるその顔は、青白い。
「君は自分の身体や気持ちよりも、大事な人を優先するんだね」
その言葉に返事は無く、ただ規則正しい呼吸に合わせて胸が上下するだけだった。


「・・・もっと自分を愛してあげなよ」