ボクは今、白い世界にいる。
上も下も前も後ろも無い、景色も風景も無い。あるのはボクと足元に伸びるボクの影だけ。
影?
・・・影は、ある。それならと、ボクは顔を上げ光源を探す。
けど影の伸びる逆の方にも太陽、電灯、なにひとつ無くてボクは再び途方に暮れた。

そっと、辺りを見回す。

そうして遠くに一つの赤い点を見つけた。初めてボク以外にそこにあるもの。
ボクは歩み寄る。やがてその正体が分かるとボクは駆け出していた。息の切れるほどに。


止まった足元にあるのは帽子。見慣れた、そしてもう見ることは無いと思っていた鮮やかな赤。
それは白の上に血の雫のように落ちている。でも溶け出さない。流れ拡がりもしない。
拾い上げてそっと撫ぜるともう二度と感じることの無いと思っていた感触があって、もう感じ飽きた気持ちが襲ってきた。
たまらなくなってぎゅうっと持つ手を握ると帽子の半球形はあっけなく崩れ、そして―


いつの間にかボクの影に混じって小さな3つの影。
足音が無かったから直前まで気付かなかった。もしかしたら音すらない世界なのか。
振り返るとそこには見知った3人の子供の姿が在った。
いつもアイツがされていたように、ボクは取り囲まれている。
アイツのお気に入りだった、赤い帽子を抱いて。
「あぁ」
久しぶりに鼓膜を震わせたのは自分自身の意味の無い声だった。
音の存在をそれで知り、そしてこの子達がここに現れた意味を悟った。
「・・・ねぇ知ってるんでしょ君たち」
音があって、会話が出来る。
何も無い白い世界の真ん中で、この子達はボクの元にやって来た。それならば―
「アイツが・・・大神が、どこにいるのかを」
ボクには分からないから、悔しいけれど。
3人にしか通じないものがある。3人しか知らないアイツがいる。
3人は何も言わない。ただ真っ直ぐな目でボクを見返す。
同情、恐れ、不信・・・何も無い、あるのは純粋さだけで、ボクはずっとそんな子供たちが苦手だった。
「これを」
それでもそっと、アイツの帽子を差し出す。
「大神のいるところに届けてくれないかな」
この帽子はアイツのお気に入りだったから・・・いつもかぶってたから。
ボクはこれをかぶったアイツの顔を思い出した。
いつだってボクを幸せにさせたその笑顔も、今では哀しみを加速させるだけなのに。

真ん中の子が黙って帽子を受け取った。小さな手・・・帽子が大きく見える。
両側の二人と目配せして、何か迷っている気配。ボクは黙ってその様子を見ていた。
アイツのように、見守ることなどボクには出来ない。ただ見ているだけ。


どれくらいの時間が経っただろう。
真ん中の子がそっと帽子をつき返した。僕に。ボクの胸に。
「ここにいる」
意味が分からず呆然とするボクの周りで子供たちが言う。口々に。
「ここにいるよ」
ボクは帽子を受け取る。

「一緒にいます」

ボクの胸に帽子をつき返した、その行為は拒絶でなく、ボクのお願いをちゃんと聞いてくれた結果だと。
そう思い至った瞬間、ボクはその場に泣き崩れた。



どうしてだろう。毎日あんなに哀しかったのに、涙を流したのは久しぶりだった。