ただそこに居るだけで注目を集める銀の髪を、オレは羨ましいと思ったことは無い。
それどころかそんな目立つ容姿を持って生まれてきちまったアイツに同情すら覚える。
本人が望んでいないのなら、なおさらだ。

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蝉の声に混じって追っかけ隊の黄色い歓声が飛んでる。
それをBGMに、しなる腕は白球を放り褐色の肌は汗を落とす。さながら青春映画のワンシーンだ。

アイツは野球部、オレは報道部の部活中。
太陽の光ばかりを集めるオレの真っ黒い髪にアイツ・・・犬飼は気付きもしないだろう。
それをいいことにデジカメを構える。フェンスが邪魔にならないようにピントを合わせてパチリ。
そうやって取材と見せかけて隠し撮った写真は、追っかけ隊の子たちに飛ぶように売れた。
(掟で隊員個人での隠し撮りはご法度らしい。まったく女の子の気持ちはよくわからん)
今はプリンターさえあれば個人で写真をいくらでもプリントできる。だからこういう軽犯罪も横行する。

そう、犯罪だった。最初は。
それが最近じゃ興味本位でアイツの写真を撮る日々だ。まるでストーカーだよオレ。
まるで・・・というかまんまそうだから笑えない。
自分の部屋のベッドに仰向けに寝て、デジカメを掲げてみる。
その液晶に移るのは犬飼。
オレの腕がいいのかモデルがいいのかはまぁ置いといて、どんな角度でも男前だよなーとか思ったり
「気色わりぃ!!!」
と、そんな自分を大声で罵って現実に戻ってきたりする。
そういうときの気持ちの揺れ動きは・・・ていうかそんなことしてるオレ、ホント気色わりぃよ。

まぁつまりはそういうことだった。気色わりぃくらい。自分でも引くくらい。
めちゃくちゃ気になってたりする。
その『気になる』という感情を『恋』だと認めるだけの度胸は、まだオレには無いけれども・・・同性だし。



そんな気持ちを抱えたまま、オレは普段の学校生活をそれなりに神経をすり減らして過ごしている。
部活で一方的に見てるだけならまだいい。
でも同じ学年なんだから、どうしたって週に1、2度は顔を合わせてしまう。
普通の恋愛ならばそれは何よりも嬉しい時間なのだろうけど
オレにとっては嬉しさ半分恐ろしさ半分といったところだ。

例えば移動教室でD組の前を通る時、あるいは体育の時間が重なる水曜日の3限目。
かなりの確立で犬飼と辰羅川に出くわす。
オレと天国が一緒に行動しているのと同じように向こうも大体、2人一緒にいた。
出くわしてしまったらそこでほぼ100%、天国は犬飼に絡む。辰羅川がそれを止めようとする。
どうしても犬飼に向いてしまう目線を誤魔化すために、オレも時々天国にツッコんだりする。
しかしどうも居心地が悪く落ち着かない。
それはオレだけ報道部だから・・・じゃなくて犬飼が気になるせいだ。

チャイムがその騒ぎを終わらせる頃(辰羅川は結局止める事ができずに終わることが多い)
慌てて教室へ行こうと走る天国のあとを追って、オレも階段を駆け下りる。
犬飼の姿を見れて嬉しいと言う気持ちと、その瞳にオレはまったく映っていないという寂しさを抱えたまま。
その瞳に映ってすらいない・・・それが邪険にされるよりも悲しいと、いつの間にか感じてる。
それを振り払うようにオレは大げさに、軽快に、パタパタと上履きを鳴らす。空元気ってやつだ。
悲しいと思ってるなんて、まして犬飼のこと気になってるなんて絶対にバレちゃいけないし、バレない自信がある。
そういうのは得意なんだ・・・と思ってるけど実は天国は気付いてるのかもしれない。
気付いててわざと犬飼に絡んでるのかも、と最近思う。
だって嫌いなヤツに(まぁ本当に嫌いなのかはわからんが)休み時間丸々使ってまで絡むだろうか・・・。
まぁそれはさすがに考えすぎだと思うけど。

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そんな風に、故意ではないにしろオレと犬飼の『間』っていうのは天国に助けられてる部分が大きかった。
だから
「え〜と・・・よろしくな犬飼。部活中にワリィね」
こんな風に部活中いきなり二人きりで取材なんてやらされた日には
もうそれはそれは大変なんですよいろんな意味で!!!
膝はがくがく、声はぶるぶる・・・はかろうじてしてないが、心臓はばくばくでどうしようもない。
「じゃ、始めるから。いやなことは別に答えなくてもいいからな」
「・・・あぁ」
「それじゃまずは・・・」
梅さんの取材メモに基づいた、当たり障りの無い質問が続く。
犬飼はオレの聞くことにただ答えていく感じ。オレは質問を読み上げ、ひたすらメモしていく。
一問一答形式の会話がコレだけはずまないとなると、日常会話は望むべくも無い・・・よな。
それが犬飼の性格ってわかっちゃいるんだけど。
「じゃあ最後の質問・・・」

『現在、気になっている人はいますか』

あまりの盛り上がらなさにちょっとだけ落ち込んでいたオレは、その質問を見て目を剥いた。
コレ絶対梅さんの個人的な質問だよ!職権乱用・・・ていうか越権行為!?
「げ、げん・・・」
頬が熱い。顔が赤くなってくのがわかる。
目線を合わせるのもキツいのに、こんな事まともに聞けるわけない。
「げんざ・・・」
「・・・なんだ」
「げんざい・・・きになってるひとは、いますか」
なけなしのジャーナリスト魂と梅さんへの忠誠心(という名の恐怖)から
オレはかろうじて声をひねり出した。
「気になってる・・・?」
質問を聞いた犬飼の声のトーンがわずかに落ちた気がした。
あぁなんかすっげー謝りたい。出来ればさっさと立ち去りたい。
恥ずかしいとかじゃなくて誰かの名前を聞くのが怖いと思った。
「あ、いい!いいって別に答えなくても!じゃこれで終わりだから、練習戻って、な?」
オレはメモ帳をポケットにねじ込んで取材を切り上げる。
腕を掴み犬飼の身体をむりやり反転させ、背中を押してグラウンドへ送った。
「お疲れさん!」
「?・・・あぁ」

いつもの仏頂面を少しだけ不思議そうにして、犬飼は練習に戻っていく。
オレはその後姿をしばらく眺めてから、反対方向に歩き出した。がっくりと肩を落として。
その時のオレの歩き方に効果音をつけるとしたら『トボトボ』あたりが妥当だろう。
「あーもうなんだよオレ・・・バカじゃないのオレ・・・」
「・・・オイ」
あぁなんだか幻聴まで聞こえてきたみたいだ。
「オイ」
「・・・なに?ハイ?え、ハイ!?」
本物だった。しかもこっちに近付いてくる。


再び向き合ってオレは慌てた。
身長差のせいで少し上に見る犬飼の顔は無表情で、何考えてるかまったく読み取れない。
「なに?犬飼」
とにかく普通に受け答えしようと努力する。どうせ天国のこととかそんな感じだろう。
でも犬飼の口から出た言葉は、オレの予想とまったく違ったもので・・・。
「元気、無いのか」
「え・・・?」
不意打ちすぎてオレは一瞬絶句してしまった。オレ絡み、しかも正解。
「・・・なん、で?」
黙ったままじゃ不自然だと思って、やっとのことでひねり出した言葉だったがオレはすぐに後悔した。
自分の言葉が肯定の意味だと気付いたからだ。
「お前の髪。犬の尻尾みたいで・・・いつもは歩く時とか、揺れる。・・・今は揺れてなかったから」
「は・・・?」
無表情だから何考えているかわかんない犬飼だけど、言ってることも難解だった。
犬?犬飼が犬って言ってるけど髪が尻尾ってどういうコト・・・?
辰羅川だったらわかるんだろうか・・・わかりそうだな。いやそんなことより、いつもはって・・・見られてたのか?
天国を追いかける後姿を・・・もしかしたら犬飼を見ていたことも・・・?
「尻尾が揺れてないから、元気ないのかと思った」
「・・・ハハッ、なんだよそれ?」
呆気にとられた後やっと言ってることを理解したオレは、気を取り直して犬飼の肩を軽く叩いた。
いつもどおり犬飼の前で天国にツッコむ感じの、いつものオレ。いつもの沢松健吾を演じようとした。
実際、それはツッコまずにはいられないボケだったし・・・なのに
「はは・・・は、チクショ・・・」
元気が無いことを指摘されて、なんだかとても苦しかった。
オレの手は犬飼の肩から滑り落ちてユニフォームの「H」のあたりを握る。
いつもの通りに接しようとした努力は空しく、がっくりとうなだれて
犬飼の胸の辺りに額を押し付ける格好になってしまった。
「・・・くそ」
この気持ちを知られるのが怖かった。
でもこんな情けない顔を見られるのもイヤで顔を上げれない。
「おい・・・沢松」
明らかに戸惑ってる犬飼の気配。当たり前だよな。よく知らない、しかも男に縋りつかれてるんだから。
あーあ結局バレバレか・・・。
「・・・」
「・・・?」
でも名前を知っててくれたんだな・・・と思ったとたん、頭に何かが乗せられた気配。
それが犬飼の掌だと気付くのにしばらくかかった。
犬飼はオレの頭をそっと撫でた。何度も何度も撫でた。球を放るための掌がオレの頭を包んでいる。
オレのことマジで犬だと思ってんじゃないか、とか
髪が乱れる、とか思ったけど大きな掌の心地よさには代えられなかった。
「い、いぬかい?」
手の動きを邪魔しないように、ゆっくりと顔をあげた。
そうして見た犬飼は無表情で何考えてるかやっぱりよくわかんなかったけど、動物と同じだと思った。
優しい目・・・ってオレ動物に撫でられてんの?
「ハハ・・・もぉ、マジでなんなんだよ・・・」
甘えるつもりなんてないのに。そんなこと許される間柄じゃないと知っているのに。
でも・・・誰に許しを請うんだろう?犬飼さえいいならこのまま・・・なんて。


犬飼の事すごい気になる。オレの頭を撫で続ける犬飼の本音を心から知りたいと思った。
犬飼さえいいのならずっとこのままでいたい。それだけじゃなくて先に進みたい。
オレはお前のことが・・・
「オレはお前のことが」
犬飼の声がオレの心をそのままなぞった。




「すごく気になる」




ただそこに居るだけで注目を集める銀の髪を、オレは羨ましいと思ったことは無い。
整った顔立ち、高い身長、褐色の肌、恵まれた才能・・・本当に何一つ羨ましいと思ったことは無い。






ただ・・・






ただ




「すごく気になるんだ」


全てがオレとまったく違うけれど
その感情の本当の名前だけはオレとおんなじだったらいいのにと、ただそれだけをオレは・・・





   

   
***                                                         
 
りらさんからのリクで「犬沢でお互い片思い」でした。犬沢初めてだったけど楽しかったです!

自分では感情が顔に出ないと思ってるけど実はわかりやすい沢松。猿野にも犬飼にも(?)バレバレ。
犬飼は昔、照になでなでしてもらってたから脊髄反射でなでなでしちゃったんだと思います。
リクエストありがとうございました!!!