中学の卒業式のあとの事を、最近になってよく思い出す。 いろいろなことがきっかけになって・・・天国が部活へ行くときの後姿、夕焼け空、1人きりの帰り道・・・ 些細なきっかけでフラッシュバックする記憶。 中学最後の日に告って卒業の感傷の上に失恋の痛手を上塗りされた天国は青春ドラマみたいに土手に腰を下ろして泣いていた。 オレの慰めにも小さな嗚咽は止まらなくて、震える背中はすべてを拒絶しているようにも思えるし、オレだけを待っているようにも思える。 声はかけずにオレは天国の隣に腰を下ろした。 とたん嗚咽が小さくなる。出てくるものをムリヤリに押し込めるもんだから、小さく洩れてくるそれはなんともおかしな音になった。 天国の変な意地に苦笑しながら後ろに手をつき、脚を伸ばす。 持ってた卒業証書は脇にどけた。オレ達の三年間はそんなもんに集約されてない。 天国の涙の一つ一つのほうがよっぽど青春の思い出だ。 「高校行けばもっとカワイイ子、いるって」 家に帰る途中の川原の土手で、染まってく空を見上げながらオレは天国の嗚咽を聞いていた。 何も言わないのが一番いいとは思わないが、正直なんて言っていいか分からない。 言葉の代わりにポケットに入れていたハンカチを取り出し、膝に顔をうずめている天国の後頭部にポンと乗せてやった。 そしてまた、空を見上げる。一瞬の間に色が濃くなっているような気がした。時間が、流れているなぁと思う。 川の水がキラキラするほどには、まだ夕陽が残っていたけど。 隣の天国の動きを感じて姿勢はそのまま目線だけをそっちへ向けた。ハンカチはグチャグチャになって天国の顔を覆っている。 とりあえず役に立てたことにオレは安心した。オレは此処にいていいような気がしたから。 いつの間にか嗚咽は聞こえなくなっていて、たまに鼻をすする音がするだけだった。 涙はいいけど鼻水はやだなぁ・・・と思うが、すでにぐちゃぐちゃなハンカチを横目で見、諦めた。 「女の子なんていっぱいいるぜ天国。それに・・・ オレがいるじゃねぇか。 そう言いそうになってハッとした。 どういう意味で、どういう気持ちでオレは今の言葉を言おうとしたんだろう。 「・・・帰ろうぜ。いっしょに卒業祝いするって言ってたじゃねーか!ホラ立てよ天国」 尻をはらって立ち上がり、オレは天国に手を差し出した。 自分から手を掴んで引っ張ることは、したくなかった。オレの差し出す手に自分から手を伸ばして欲しかった。 けど天国の反応はナシ。オレの手が空しく空中に静止し続けていて、手なんて差し出さなければ良かったと思う。 それは天国の無視にムカついたからじゃない。もっと女々しい理由がある。 伸ばした手が痺れてきたところで、そろそろと伸びてきた天国の手がオレの手を握った。 いつもは熱い手が冷え切っている。オレは待ち焦がれてたその感触に安堵した。 感触に・・・安堵した。いつもより冷えている手を心配するよりも先に・・・最低だ。 「天国」 天国は立ち上がらない。 俯き、右手でオレのハンカチを握りしめたまま左手はオレの手を握っている。 その感触をオレは痛みにも心地よいものにも感じた。 「沢松」 「・・・なに」 痛みに酔っているオレの名前を突然呼んだのは、もう震えてはいない声。 その声の確かさとは真逆の弱々しさで、天国の左手の力がゆっくりと抜けていく。 「あまく・・・に?」 オレはそれをなす術もなく感じているだけだった。 やがて天国の左手は地面に落ちる。差し出したオレの手は完全に行き場を失った。 オレがかける言葉を捜している間に、天国は膝に手をついて自らの力で立ち上がった。 赤く腫れた目でオレを見据える。その目と照れたような表情は、赤い空によくなじんでいた。 「沢松はずりーよ。ずるい」 「は?」 ごしごしと目をこすって、照れ隠しのようにぼりぼりと頭を掻く。 「だってオレばっか泣いてて、オレは沢松の泣き顔、全然見たことねぇ」 「・・・」 「ありがとな」 天国はたたんだハンカチをオレに差し出した。 オレはそれを受け取れずに呆然と立ち尽くしてしまった。差し出されたハンカチに自分を重ねたんだ。 いらなくなる、という事実を受け入れるのが怖くなって。 それでも痺れを切らした天国にハンカチを投げ返されれば受け取らないわけにいかなかった。 落としそうになるのを慌てて受け止める。 「高校、またおんなじクラスだといいな」 天国が先立って歩き出した。 その言葉、動作、すべてに区切りを感じた。距離的なものでなく、もっと確かな。 道が別れるのではなく。天国は進みオレは立ち止まる、そんな別れのようなもの。 どうしてだろう、そんなもの来るはずないのに。不思議だ。春が始まるのがこわいなんて初めてだった。 「どうした?帰ろうぜ沢松」 「あ、おう」 恐る恐る、歩き出す。 例えるなら、それは『。』でなくて『、』 終わりではなく確実に終わりへ向かうということ。 天国。オレはお前の傍でしか、泣いた覚えはない。 それでもお前がオレの泣き顔を知らないのは・・・それは、オレが泣いているときお前も一緒に泣いてくれていたから。 自分の涙で、何も見えなかったからだろ? もしお前がいなくなったらオレはひとりで泣くのかな。それとも泣かなくなるのかな。 きっと 泣けなくなる。