あの時どうしてあんな健全でガキ臭い遊びをすることになったのか、今じゃ全然思い出せない。 覚えているのは、もう教室には誰もいなくなってて、中坊だったオレ達は 部活も何もやってなくて放課後という時間を持て余していて、 天国がなぜか嬉しそうにオレの机にトランプを置いて、ガキ臭い遊びなんてしたくないオレ達は 少しだけ背伸びしてババ抜きじゃなくてポーカーをすることになったということ。 その考えこそがガキ臭いものだと気付きもせずに。 オレの机をポーカーテーブルにしてゲームを始めた。ルールは適当だった気がする。 トランプの山から交互に5枚引いていらない札を捨てて、捨てた数だけまた引いて役を競った。 「スリーカード」 「げ!マジで?」 人の一生の運の量は生まれた時から決まってるって、どっかで聞いたことがある。 だからオレはこんな事に貴重な運を使いたくなかったんだけど、 どういう訳かこういう割とどうでもいい勝負事がオレは強い。 連戦連勝・・・だけどこうも一方的だと気分はいいがつまらない。 天国はというと、5枚のカードを机に放り出してトランプの山の上に突っ伏してふてくされている。 「天国よえぇ・・・」 「ウルセー」 頭と腕の間から聞こえるくぐもった声に苦笑しながらオレは頭の後ろで指を組み、椅子を傾けて身体をそらせた。 締め切った窓を通して運動部のヤツらの声が聞こえてくる。 訳も無く『青春』という言葉が頭をよぎって、じゃあオレの青春ってなんだろうと考えた。 このまま天国とツルむだけで終わっていくのかな・・・と言っても、やりたいことなんて別にオレには無かったんだけど。 「やっぱ二人でトランプしてもつまんねーな」 「お前が言い出したん・・・ハハッ、何やってんだよ」 トランプの上に顔を置いていたせいで、天国の額には一枚くっついていた。それを笑いながら取った。 「つかよ、ポーカーって二人でやるもんだっけ?」 「知らねー」 適当に相槌を打ちながらバラバラになったトランプをまとめて山札にしなおした。 またゲームを始めることも出来るし、このまま箱に収めて帰ることも出来る。 天国に『どうするんだ』という目を向けた。 「なぁ、つまんねーから今度は何か賭けてやろうぜ」 「・・・まだやるのかよ」 続行決定。 「最後の1回。負けた方は勝った方の命令、何でも聞く」 「はぁ?」 ― 今でも不思議でならない。 それまで1回もオレに勝てなかったくせに、なんで天国はあの時こんな事を言ったんだろう。 結局その理由は聞きそびれてしまった・・・まぁ理由なんてなかっただろうけど。 強いてあげるなら気まぐれ、そして天国の馬鹿みたいな・・・ある意味野生的な勘のよさ。 そう、オレは『どうでもいい勝負事』はわりと強いんだ。けど・・・ ニヤニヤと笑いながら、天国は手札をオレに見せ付けた。 「フルハウス」 何がフルハウスだバカヤロウ(ちなみにオレはツーペア) そう、この時に限ってオレは天国に負けた。 今思い返すと天国の有り得ない勝負強さは、この時から片鱗を見せていたんだと思う。 「聞けよな、オレの言うコト」 さっきまでの落ち込みぶりは何処へやら。まったく現金なヤツだ。 ニヤニヤ笑う顔にめらめらと憎しみが湧き上がってくる。 頬杖を付いてふてくされたオレに天国は何も言わず、黙って机の上を片付け始めた。 「・・・」 「・・・」 「・・・今日さー」 とんとん、とトランプをそろえる音に混じって天国の声が聞こえた。 「なに」 顔を戻すと天国は窓の外を見、なにやら言いにくい事を必死で言おうとする時の顔だった。 「進路希望の紙もらったじゃん」 「あー」 「沢松高校どこ受ける?」 「・・・そんなもん、まだ決めてない」 決めてないんじゃなくて、考えたくなかっただけだ。 適当にやっても許される今の空気が心地よくて、オレは卒業なんてしたくなかった。 「天国は行くんだろ?十二支」 自分の事を突っ込まれたくなくて話を逸らす。 「ん・・・まぁな」 「ふーん」 天国はいいかげんなようで、なぜかいつもオレの一歩前を歩いている。 いや、それはいい加減だからこそなのかもしれない。結果を考えずに行動するから。 オレはちゃんと考えるからその分だけ遅れをとる。それを人は臆病なだけという(悔しいがオレもそう思う) 「いいよな、サルノクンは楽でよ」 オレのトゲのある言い方には怒りも冗談も返ってこなかった。 シカトかと思ったが天国は何かを言いたそうに唇と手を動かしている。 「な・・・あのさ、沢松」 「・・・なんだよ」 さっきの言い方悪かったよな・・・オレは反省しつつも、もごもごと口を動かす天国に少しイラついてしまう。 その苛立ちは、結局くだらない自分自身へ対するものであるのだけれど。 ハッキリしない天国の手からトランプをひったくり、箱に片付け始めた― 「沢松も受ければいいじゃん。十二支」 ― オレの手がピタリと止まる。しばらく空気も何もかも凍りついたような沈黙があって、オレは笑った。 なぜか顔が弛んでしまった。あまりに情けない表情だろうというのは鏡を見ないでもわかった。 「お前、そんな、簡単に」 オレ何もわからないのに、そんな簡単に手招きしないでほしいんだけど・・・。 だって簡単について行ってしまいそうになるだろ。自分で何も・・・将来も決められない子供みたいに。 「・・・それが、命令?」 天国の顔も見れずにオレは呟いた。 何が情けないって、将来に迷ってる事じゃなくて天国が言うならそれもいいかな、なんて思ってる事だ。 本当に子供。ガキ。そしてオレはそんな自分を天国に知られたくなくて、わざと言う。 「命令ならしかたないけど」 子供の遊びの賭け事の続き・・・それでお前が決めるのか?オレの大事な将来を。 でもお前が来てほしいって言うなら、しょうがねーなぁ行くよ。 そんなセリフを用意して、天国の命令を待つ。 「違う」 違う・・・そう聞かされて感じた痛みが、あまりに自分勝手でバカバカしくて 「命令は」 泣きそうだった。 「十二支に受かること」 「・・・っ」 それでも、こぼすのは必死に耐えた。だってなんて言い訳すればいい? 「高校も一緒なとこ行こうぜ!やっぱ沢松がいねぇとつまんねーもんな」 それにオレがなんて答えたかは、情けなくて思い出したくもない。 ただ口ごたえはしなかった。だって命令なんだから、そういうもんだろ? ・・・命令という形。天国にとってそれは照れ隠しだった。そしてオレにとっては・・・ ― それから人並み以上にに受験勉強に精を出したオレの努力は、見事に実を結んだ。 そして今に至ってる。馬鹿げた言い方だけど、オレは天国の傍にいるように定められていたとしか思えない。 受験に受かったことじゃなくて(オレはやれば出来る子なんだよ)あのポーカーの結果のことだ。 だってそれまでずっと勝ち続けてたのにあの1回で・・・たった1回で、負けるなんて。 運命とか、あるのかもしれないと思ったりして。 これはもうオレは天国とは離れられないな・・・半分本気でそう思ってたんだ。 アイツが、野球部に入るまでは。 ・ ・ ・ 「なに一人でニヤついてるんですの?沢松」 梅さんの呆れた声で、オレの思考は現実に戻された。 「なんでもないです。ちょっと考え事っすよ」 伊豆へ向かう電車の中で、オレは天国の事を考えていた。 報道部に入ったことも何も話してないから、きっと驚くだろう。その顔を想像して思わずニヤニヤしちまう。 それにしても伊豆は遠い・・・ヒマすぎて回想が入っちまった。 本当に、天国は遠くに行ったと思う。 野球が嫌いとかその前に、だ。物怖じせず社交的で馬鹿みたいに騒ぐくせに 団体行動が苦手で、努力とかガマンとかも苦手で・・・そのくせに、よく頑張ってる。 でもさ、お前のこと物怖じせず社交的で馬鹿みたいに騒ぐくせに 団体行動とか苦手で、努力とかガマンとかも苦手って知ってるのって、今んトコ絶対オレだけなんだぜ? だからさ、団体行動と努力とガマンが基本みたいな部活って絶対辛いはずなんだ。 素人だから技術的にも辛いし。しかもお前、他人に弱さとか見せるの嫌いだろ? そんな時ほど馬鹿みたいに明るくするから、ぜったい周りも気付かない。 だからそれをちゃんと知ってるオレが、今から行くよ。 天国の前にカッコよく再登場してやるんだ。出来れば逆光で。ヒーローみたいに。 今度はオレ自身の意思で天国の傍に行く。 だってアイツはもう、一歩前どころか一人でどんどん歩き始めているんだから。 運命は、もう当てにならない。 *** 31発目のラストのイメージで・・・! ちなみに猿野は名前に動物名が入ってるので十二支の入試免除です。