※黒豹、他校のスパイ設定で。



左手首は右手に、右手首は左手にしっかり掴まれて、オレの体は野球部の部室の壁に貼りつけられている。
今になってある、そういう自覚と感覚。
そうなるまでの数秒は一瞬過ぎてオレの頭の中には残らなかった。

目の前でくゆる煙が嗅覚も視覚も侵していく。
煙に当てられたせいで視界が滲んで、目の前で煙草をくわえてる男の顔さえまともに見えない。
・・・見たくもないけど。
「なんや、もぉ泣きが入っとんのか」
恐怖のせいじゃない。断じて違う。
目の前でふかされている煙草の煙がしみるせいだ。
「・・・クソ」
マヌケにバンザイの格好をさせられたまま小さく毒づいたオレの鼻先を、赤い小さな火が掠める。
小さいながらその威力は絶大で、その熱はオレの余裕とか強がりとか
そんなものを跡形も無く灰にしてしまうようだった。
身体が萎縮して、射抜くようなその視線から無意識に顔を背ける。
そうやって逃がした視線の先に無残に破壊されたカメラがあった。
あの残骸の中には十二支をひっくり返すスクープが収められてたはずなのに・・・。

グラウンドから見て部室の裏側にあたるこの場所は、陰気で日当たりも風通しも悪い。
だからめったに人は来ない。今日みたいに野球部が部活の無い日ならなおさら。
さっきまでかすかに聞こえていたブラバンだか吹奏楽だかの音も
今はもう無くなって、本当にここは別世界のようだった。
表と裏なら裏で、天国と地獄だったら間違いなく地獄だ。

野球部の部室の裏で、オレはコイツと他校生との取引現場を写真に撮った。
新技とか秘密の特訓なんてメじゃない。本物のスクープだ。
・・・オレは舞い上がってたんだ。
コイツに見つかって、逃げるより先にカメラを守って結局それで逃げ遅れて、カメラはぶっ壊された。
「せっかく写真撮ったのにザンネンやったなぁ・・・しっかし使い捨てカメラてあんさん。
 フィルムまく音、うるさぁてかなわんかったわ」
クククと馬鹿にしたような笑い声を聞いて、オレは怒りで顔を再び男に戻した。
睨みつけてやろうと思ったけれど、長い前髪とサンバイザーの合間に見える
切れ長の目の威力は桁違いで逆に射すくめられる。
「っ・・・これからどうするんすかセンパイ?殴りますか?ソッコーで訴えますけど」
「・・・」
オレのなけなしの強がりを無視して、男は煙草を口先で上下に揺らす。
目を見たくないオレは、その赤い火を馬鹿みたいに凝視した。

ふと赤い火が真っ逆さまに地面に落ちて、オレの視線もそれを追って下へ。
ワンバウンドして転がったそれを真っ黒なブーツが踏みにじり、それは次の瞬間オレの足を同じように思いっきり踏みつける。
「っあ!」
「口の減らんやっちゃのぉ?今の状況わかっとるんか。殴るわけないやん。そんな証拠残すこと」
「はっ・・それでも、訴えますけど、ね!」
ビビリを悟られないために強がってみるが、片足は踏みつけられたままで動かせない。
腰を引こうにも充分に距離をとる前に部室の硬い壁に阻まれる。
両手は相変わらず、文字通りお手上げの状態。
体一つでここまで自由を奪われるなんて。
コイツやっぱそうとうケンカ慣れしてる。ヤバイ逃げ―
「クク、好きにしぃや」
「え」
「恥かくのはあんさんやで」



オレの左手の戒めが解かれた瞬間、糸が引きちぎられる音が聞こえた。
ボタンを飛ばし前を開かれた制服のカッターシャツ。
すかさず口に広がる舌の感触。体を密着されてさらにオレは壁に押し付けられる。
自由になった片手で引き離そうとするが、足の動きは封じられていて上手く力が入らない。
足を踏まれたことが、暴力の意味でなく拘束の意味だったと改めて思い知らされた。
「んぅ、う」
もしかしてこのキスの意味もそうなのかもしれない。頭が働かない。
まるで毒でも飲まされているみたいに麻痺していく。
変な味。なんだコレ・・・まさか本当に毒?っクソ、そうか煙草の味か・・・
口の中が汚されていく感じがリアルに感じられる。
もう汚すところがないというくらいまで口の中を侵した男は
舌を抜くとそのまま鼻の脇をベットリ舐め上げて目頭を舌先でつついた。
「んぅっ!」
思わず目をきつく閉じる。畜生、今度は目隠しか。
眉間のしわを上に下に舐められる感触に背中が震える。
顔で口以外にそういう行為をするなんて想像もしなかった。
口や、隠された部分にだけすることだと思っていた。こういうコトは。
舌先からなんとか逃げようと顔を背ける。
でも左目を逃がしても男の舌は右目に移動して結局は同じことだった。
「っひ、ぅ」
「まだや」
「っア」
舌先を離して間髪いれずに、男の右手はオレの下半身にのびる。
ズボンの上から掴まれて身体全体がビクリと震えた。
強弱をつけて動く男の掌に悔しいけど翻弄されて、オレはいつの間にか無意識に男の肩をきつく握っていた。
逃げ出したいのにしがみつくなんて矛盾してるが今はそんな小さな問題を考えてる場合じゃない。
オレは今、見知らぬ男に
「ア!く、ぅ」
チクショー大事な問題すら考える余裕ない。
次から次へ襲う刺激が、脳へ十分な酸素も血も分けてくれないからだ。
息は上手く吸えないし、血は一箇所に集められていく。
「ん・・・っ、ゃ」
「なんや、えぇ反応やん。慣れとらんからか?」
耳元で囁かれて、それが背骨に氷を滑らせたような悪寒を生む。
「それとも」
「ッ!?」
その悪寒に捕らわれていると、いきなりズボンの上から尻の間に人差し指の腹を押し付けられた。
「慣れとるからか?」
なれてるってなにが!?今自分が何をされているかさえ理解できていないのに。
いや、徐々に思い知らされていく。身体が反応していた。
こんな感触は知らないはずのに、きもちいいと。これは性行為だと。
それも男同士の。こんな事に慣れてる男子高生がいてたまるかくそったれ、オレ初めてなんだぞ・・・。
そう、オレは他人に触られるのは初めてで、だからこそ知らない刺激に身体が馬鹿みたいに反応する。
おまけに下半身だけならまだしも、男ははだけさせたシャツの下にも手を這わせ始めた。
「あぁ!ちょ、っとヤ・・・ぁ」
乳首に爪を立てられる。
「自分でヤルとき、こっちは弄るんか?」
「う・・・ぁ」
弄られて、ぴりぴりと快感が背骨を走って腰にクる。
男の肩を握っていた手を外し思いっきり腕を突っぱねようとしたが、理性のある状態で抵抗して敵わなかったんだ。
力の入らない腕は案の定まったく役に立たない。
それに両足も力が抜けていて、腕を外したとたん男に支えられていたオレの身体は壁伝いにずるずると沈んでいった。
湿った地面に座り込む。あぁ、冷たいけどうまい具合に下半身への攻めは防げるじゃないか。
そんなことを思っていたのもつかの間、男もオレに合わせるようにしゃがみこんだと思ったら
顎を掴れてムリヤリ正面を向かされる。
「・・・く」
「どないしたん。立ってられへんほど感じとんのか」
「だ、れが・・・!」
腕を交差させ、肌蹴た制服の前を合わせる。
これが男のすることだろうか、そう思うと情けなくて泣きたくなった。
「せやけどなかなか・・・えぇな」
「・・・はなせ」
首を振って男の手を払った。
制服を握る指先が震えてる・・・恐怖・・・悔しいけどそれだけじゃない。断続的に続くのは弱く甘い痙攣。
それはまるで、今自分は『女』なのだと思い知らされるような。
「くくっ、そんな喜んでもらえるとは思てなんだなぁ。あんさん髪長いし・・・普通に出来そうや」
「な・・・」
「何を、か?そない野暮なこと聞くなや」
男がオレの脚を押し開き、その間に跪いてオレのベルトを外してファスナーを下ろした。
その動作で、聞くまでもなく先のことがわかってしまう。
「ひ・・もう・・や、め」
こわい。本当にこわい。
恐怖が限界を超えて目から涙になって出てきて、そうなってしまったらもう止められなかった。
涙に滲む視界の中で、男の楽しそうな目がとたんに苛立たしげな形になった。
「なんや・・・白けるわ」
舌打ちにびくりと震えたオレの肩から、男の手が離れていく。
男に触れている部分が無くなってほっとしたのもつかの間、代わりに顔が近付いてきてオレの頬の涙を舐めとった。
「・・・っ」
そしてその顔は、まっすぐにオレを見つめる。
「今日はこれで終わりにしたる」
「・・・」
男が微笑む。心と頭に焼き付けられるような、悪意に満ちた笑顔だった。
「ナイショ、やで。今までのこと全部初めから終わりまで」
「・・・」
「誰にも言ったらアカン。でも忘れるのもアカン」
呪文のように降り注ぐ声。だるい腕を上げて耳を塞ぎたかったけど無理だった。
両手は肌蹴たカッターシャツを握り締めたまま震えて動かせない。恐怖による拘束が何より強くオレを縛り付ける。
オレの思ってること、すべてを見透かすような金色の目が光る。
「わいのこと、ちゃんと覚えとってや」

まあカラダが覚えとるやろうけど。

そう言って遠ざかっていく悪夢の背中を見ながらオレは、その拘束を解く方法よりも
下半身に纏わり続ける不快な快感を消すことだけを考えていた。