部屋は狭くてもいい。ただ大きな冷蔵庫だけは絶対に必要だった。 性格も好みもまったく違う、オレ達の家には・・・ 犬飼はプロ3年目、オレと辰羅川は大学3年の冬。 男3人の所帯には不釣り合いのデカイ冷蔵庫を、オレは寝不足の目で眺めている。 ミネラルウォーター、野菜ジュース、トマトジュース(無塩)、スポーツドリンク、牛乳、ウーロン茶・・・ 横置きできない紙パックにドリンクホルダーを譲り、ペットボトルは底をコッチに向けて横に並べられている。 その隙間には調味料や肉や魚が乱雑に突っ込まれている。豚足、ブリのあら(頭?)あとなんか変な粉、とか。 明らかに人間の食べ物じゃないこれらが貴重なスペースをとっているのは辰羅川のせいだ。 『栄養というものは本来サプリメントなどで補うものじゃありません』 と力説しながらブリを煮る・・・えらく頭のいい大学で栄養学だかスポーツ力学だか、 とにかく頭を使って身体のことを勉強してる辰羅川のせい・・・ 「・・・あ?」 起き抜け、寒い冬の朝っぱらからブリの放つ生臭さに辟易していたオレは思わず声を上げた。 冬の間はいつもドリンクホルダーを占拠しているはずのアレが、なかったからだ。 アイツしか飲むヤツがいないから、コンビニでもらう長いストローをぶっ挿したままの1Lパックのコーヒー牛乳。 それがない。そうか今日は・・・オレは冷蔵庫を乱暴に閉めて、玄関に向かった。 といっても所詮は3DKの借り住まいだ。キッチンと玄関はほとんど同じ部屋と言ってもいい。 「今年こそは、猿野くんとの対決が叶うと良いですね」 「・・・別に猿なんてどうでもいい。ただ、まずはリーグ戦優勝だ」 辰羅川と犬飼の話す声がすぐ近くに聞こえる。 「ふふ、そうですね。猿野くんはセリーグですからね。 まずは犬飼くんと猿野くんのチームがそれぞれリーグ優勝しないと。 日本シリーズであなた方の対決が観れることを祈って・・・御柳くん?」 オレの足音に、まず辰羅川が振り返った。そして靴を履き終えた犬飼が顔を上げる。 「早いですね。おはようございます」 「はよ」 犬飼を見送るだけのくせに、辰羅川は顔を洗いすでに着替えまで終えている。 これからシーズン開始前のキャンプに向かう、犬飼の方が眠そうだ。 「就活があるんですか?」 「ねーよそんなもん。オレは野球でいいトコ行けるの。社会人野球で」 「そうでしたね・・・」 辰羅川は呆れたように笑った。もう出発する直前だったんだろう。 開け放たれた玄関からは冷たい風が入ってくる。 「あぁ、そうだ。犬飼くん・・・コレ、どうします?」 辰羅川は帽子を犬飼に差し出した。赤い、あの人の帽子・・・。 犬飼は1年目と2年目、その帽子をキャンプ地と選手寮に持っていっていた。 「今年はいい、置いとけ。とりあえずその・・・ 「テレビがよく見える棚の上・・・ですね」 辰羅川は、少し迷ったあと、その帽子を靴箱の上にそっと置いた。 今は犬飼の見送りを優先したんだろう。シーズンが始まれば、めったにここには帰ってこなくなるから。 「・・・不思議じゃありませんか」 何か考えていたように黙りこくっていた辰羅川が口を開いた。 あと一歩で微笑みになりそうな、照れた顔だった。 「犬飼くんはプロ、御柳くんは社会人、私は・・・大学院。あのころに比べて進む道はまったく違うのに」 「・・・」 「・・・」 「私たちは、あの頃よりも近くで、寄り添って生きているんですよ」 「・・・辰」 「・・・は」 オレは思わず鼻をこすった。犬飼も肩から提げた荷物を握り締め、そっぽを向いている。 『friendの最後もendってんだ』 会わなかったから終わらせることが出来なかった。それだけの理由でかろうじて繋がっていた『あの頃』 再び会って一緒に戦って、結局その後もオレ達に終わりは来なかった。 ・・・大神さんのおかげだ。 「私は、『あの頃』の私に教えてあげたい。昔みたいに一緒に歩める日が来る、と」 やがてくる未来のために一緒に歩める日が来ると。 辰羅川は今度こそ微笑んだ。その笑顔を、髪を、風が撫でていく。 久しぶりにそんな笑顔を見た気がした。毎日一緒にいるのに。 いや、ちゃんと見てこなかっただけかもしれない。 昔を思い出してチクチクと、未だに痛む傷があるから。 罪の意識は多分、一生消えないのだろう。それはオレへの罰なんだと思う。 『FRIENDの最後のスペルもENDってんだ』 そう言い放った自分への。でも違う、そんな言葉なんて・・・本当は、気付いてた。 「「「あ」」」 靴箱の上にのせていた大神さんの帽子が風に飛ばされた。オレ達の声は重なる。 『3人いっしょならFRIENDじゃねぇFRIENDSだろ?終わりはこないって事!』 気の早い春風に乗って、あの人の声が聞こえた気がした。 *** さ、さんにんぐらし・・・すいません許可とかいりますか・・・。