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練習の終わった後の、この感じは何かに似てる。


猿野はその事を最近ずっと考えていた。
身体の中の熱を爆発させて、それが冷めていく時の満足感。
そしてその余韻を感じている時の充足感。
全てが終わった後の疲労感。
それら全部がない交ぜになったような気だるさ。

これは





これは
「猿野くん!」
「!」
部員が誰もいなくなったグラウンドの真ん中あたりで
一人物思いにふけっていた猿野の思考は辰羅川の声で途切れた。
とうに練習が終わりグラウンドの整備も終わったのに集合の列に猿野がいない。
そのことに気付き、戻ってきたらしい。
「何してるんです」
質問というよりは叱責の意味で、辰羅川は問う。
夕陽を背にしているせいで表情は見えないが、猿野も声音からそれを察した。
それに、練習後の空腹を抱えて恨みがましく自分を見る他の部員の視線を遠くから感じていたし、
辰羅川が自分の名を呼ぶ理由のほとんどは、重さの違いはあれど注意や叱責なのだという経験もある。

それでも猿野はすぐに他の部員のもとへ駆け寄れなかった。
それほどその思案は猿野の心を捕らえていた。
そしてその思案に陥る羽目になった原因の大部分が今、まさに自分を見ていたから。
「・・・辰羅川」
長く伸びた辰羅川の影の、ちょうど頭のあたりに猿野がいる・・・二人のその距離は話すには少し遠い。
しかし辰羅川はそれ以上近付こうとはしなかった。猿野も動こうとしない。
「・・・猿野くん?」
中途半端な距離から、普段めったに呼ばない苗字で自分を呼ぶ猿野。
その様子を辰羅川はただ怪訝そうに見返した。
最初の頃は「モミー」と呼ぶたびに同じような顔をしていたのに。
あだ名で呼ぶことが自然になるほどの時が流れて、その中でとても濃密な交流があって、
友人として付き合うに充分なだけの疎通があった。互いに隠そうとしていない部分はほとんど見たように思う。
他人だったのが敵になり、敵だったのが仲間になり友になり・・・と。
そんな風に目まぐるしく変わって今やっと落ち着いたかに見えた関係は今、猿野の側でだけ形を変え始めていた。
そうやっていつの間にか変わった形を、猿野自身もまだ持て余している。

何かの間違いだと思っていた。
大切なあの人と同じ髪の色を見ても、似ていると思ったことはなかった。ただ、共通点が多すぎるだけだ。
そして意地になって違う部分を探して、探せば探すほど見つかって、
そうして見つけた全てが好ましく思えて、ますます好きだと思ってしまった・・・そういう対象に見てしまうほどに。

冗談じゃない

それに気付いて、猿野は自分より自分をよく知っているような親友に相談してみた。
『なぁ沢松。相手のことを凄く欲しいと思うのは、物欲なのかなぁ』
と。その問いに
『そりゃ性欲だろ』
という単純明快な回答を得て、猿野は笑いながら納得した。
そして『恋』だと言わないあたりが、その親友の鋭いところだと感心する。
確かにこれはそんなキレイな形じゃない。
恋なんてのは今自分がここにいる理由を与えた、あの人に抱いている感情だ。
自分が辰羅川に抱いている感情はもっとドロドロしたものだと、それだけは自覚していた。
それはドキドキというよりドクドクする感じで、だから最初に『物欲』という言葉が出てきたりもしたのだろう。




----あぁ、この気だるさは




「集合ですよ」
一歩二歩三歩と距離を詰めた辰羅川は少し乱暴に、動こうとしない猿野の手を引いた。
二人の距離が腕2本分にまで近付いて、暮色の中で色を変えていた辰羅川の髪の本来の色が猿野の眼に映る。
グラウンドに張り付いていた足が、まるで催眠術にでもかかったかのように辰羅川に続いて動き出す。
手には直接触れずにアンダーシャツの袖を引っ張り自分を引きずる後姿を見ながら、猿野は思い至った。



自分で性欲を処理し終わった後の、あの感じに似てるんだ



昨日、自らの熱を高め冷ますのに使った手を、辰羅川は汚らわしいと言わんばかりに避け、袖口を掴んでいる。
猿野の顔が夕陽の中で赤く染まる。それから照れたように口元を歪めたけれど、
オレンジの端が藍色へ変わり始めた空の下で、猿野の変化に気付くものは誰もいない。

やがて、それすら覆い隠すように夜が訪れる。
そうしたらまた、どうしようもない欲望に苛まれてしまう気がした。
だって罪悪感に責められながらも直接欲の中心に触れられることを望んだ手が、今こんな近くにあるのだから。
「・・・どうしたんです」
急に辰羅川が立ち止まり、振り返った。
猿野はそれにとっさに笑い返す。

どうもしねぇよ

と。

そう、どうもしない。今は、まだ。
でも身体の中でのた打ち回るこの熱が、夜まで冷めなかったらその時は、ごめんな。
またその手を汚してしまう。それだけじゃない。頭の中は自由だから、触れるだけでなくどんなこともしてくれる。
そのことを考えると猿野は楽しいような、寂しいような気持ちになった。
「あぁほら、キャプテンが呼んでいるじゃないですか」
あなたも野球部の一員なんです。あなたがいないと終われないんですよ。
辰羅川の独り言のような叱責に、頭の中でまったく違う角度から反論する。

お前がいるから、終われないんだ

汚したくないと思う相手が熱を運んでくる、そんな矛盾に途方にくれる。
この気持ちの終わりも一日の終わりのように、ちゃんと訪れてくれるんだろうか。
たとえ夜が訪れてもそれは、自分の気持ちを押さえつけ覆い隠すための蓋にしかならないような気がする。
「ごめんな」
「?・・・いいんです。わかれば」
「ごめん」




こんな風にしか、愛せなくてごめん










  

   

***

二心。
猿野は凪さんを、たとえ頭の中ででも汚せない。
で、思春期の性欲がどこに向かうかって言えばそりゃ必然的に辰羅川か沢松ですよ・・・ね?