「これからよろしくお願いしますねウチの大砲さん」

口でそう言っておきながら私は未だに納得できない気持ちだった。

新しい環境のもと新しいチームメイトと久しぶりの野球の試合。小さなトラブルはあったものの
犬飼くんも私も持てる力を出し切った・・・格下と思っていたチーム相手に、使うはずの無かったオーバースローまで使ったのだ。
その上での引き分けだったのだからもっと清清しい気分あっていいはずなのに、私は認めることを嫌がっている。
でも認めたくないというこの気持ちが果たしてこの試合の結果に対してのものなのか
それともなにか別のものなのかそれすらもわからなくて、しかしそれは手繰り寄せて深く考えてはいけない類のもののような気がする。
自分の中で押し込めていた気持ちは、まだ今は遠くに放って置いたほうがいい。
両チーム入り乱れての大騒ぎを余所に、私は1人そっと踵を返す。馬鹿騒ぎの中にいる気分でないことだけは確かだったから。


「犬飼くん」
ぼうっと落ちる雨粒に顔を打たせるままの犬飼くんの下へ歩み寄った。
彼もまた1人・・・執拗に雨を落とす雨雲を睨んでいるようでもあるし、雲を越えた高い空を見つめているようにも見える。
「少し似ていませんか」
「・・・」
話しかけられている事を自覚しゆっくりと顔を私の方へ向けられたその金色の眼は、雨雲の下で鈍く光っている。それからまた
疲れているような仕草で馬鹿騒ぎをしている『彼』の方を見やり、前髪を伝う雫のせいか、それとも彼の騒ぎっぷりのせいか苛立たしげに目を細めた。
「似てますよね・・・?」
明らかに説明の足りないさっきの言葉だけで私の言いたいことが犬飼くんに伝わっている事を確信する。
わざと言葉にしなかったのは犬飼くんに先入観を持たせないため・・・ではなくて、
自分が言葉などいらないくらい犬飼くんと同じものを共有していることを確かめたかったのかもしれない。
・・・まぁ、それは今はいいとして。
同意を求める口調で尋ねながら私自身それを認めたくない気持ちの方がはるかに勝って、それでも
「彼」は間違いなく「あの人」に似ていて、きっと犬飼くんもそう言うだろう・・・そう思ってしまう自分に腹が立つ。でも
「似てねぇよ」
犬飼くんは雨音に消されそうな声で呟いた。
私は思わず、え?と聞き返してしまった。犬飼くんのその声音に険は無く、
自分の意見をすっと素直に吐き出したようなものだったから。私にはそれが少し意外だった。
「そうですか?」
私以上に犬飼くんにとってあの人の存在は大きいはずなのだ。今も。
「だって」
「・・・」
考えても分からず犬飼くんの気持ちも見えなかったから、黙って言葉の続きを待つ。

「BIGじゃねぇだろ」

「・・・え?」

「BIGじゃない」

「・・・あぁ」
犬飼くんの口にした理由があまりに素直で、それでいてそれ以外に理由など無い。あまりに単純明快な答えで、
私はその意味を理解した後は、ただ苦笑いを返すしかなかった。
だって犬飼くんがあまりに素直にあの人のことを想っているから。未だに、昔のままの心で。
犬飼くんは本質を見ているのか、それとも自分の信じきったあの人の姿をゆるがないまま持ち続けているのか・・・
あぁ、そうか。だから他人にその人の面影を探す必要なんてないのかもしれない。見つけてしまうこともないのかもしれない。
「本当ですね」
ぜんぜん違う。まったく、どこもかしこも。
「・・・本当だ」
彼の持つ面影でなく自分の心の中を見て、私は自分に言い聞かせるように繰り返す。




あのひとはもういない。







 いない 





いない 


いない 











いないのに。