「俺はEDENの秩序を守っている」

冷たく言い放ったカズマの声がタケルのいる留置室に響いた。
機械を通して聞こえる声は頑なで、その奥にある真意を探れない。タケルを見下ろすその目にも表情は表れていない。
それでもタケルはカズマの名を呼び続け、壁に手を打ち続けた・・・しかし無反応と痛みに、それもやがて止まる。
二人の間にある、見えなくて絶対に破れない壁・・・無機質で硬い感触が汗ばんだ掌を冷やしていく。
快適に調整されてるはずの温度なのに寒気を覚える・・・地球はもっと寒かった。そして暑かった。
こんなの、間違ってる!間違ってるのに・・・
「カズマ・・・!」
搾り出すようにタケルは呻き、俯いた。

―― 2年半

2年半の間に何があったんだ?いくら考えてもタケルには分からなかった。知る術も、推し量る術さえ無かった。
タケルを見るカズマの目に感情の動きは無くて、変化の訳を知るわずかな手がかりすら与えてくれない。
そしてその目は他のEDEN管理官と同じだった。
見た目は全然変わってないのに、目の前に居るカズマはもうタケルの知っているカズマではなかった。
・・・オレのこと、忘れたのかな。
その絶望的な結論に身体が崩れそうになった、その時
「タケル」
懐かしい響きが耳朶に触れた。それは相変わらず、機械を通しての無機質なものではあったけれど。
「ッ・・・カ」
「タケル。お前はこの2年半、何を考えてた?」
「カズマっ!」
忘れてないのかよ・・・じゃあなんで!?
タケルは唇を噛んだ。そしてそれを再び開くと、沈みかけた身体と気持ちを奮い立たせ、枯れた声を張り上げてタケルは訴えかけた。
自分のやろうとしている事を。
「地球は・・・綺麗だった。死んでなかった。みんな生きてた、一生懸命だ!
EDENのヤツらなんかよりずっと、生きてた!!!EDENは間違ってる・・・間違ってるよ。
変わらない空、決められた生活、がんじがらめで・・・そんなんじゃない。
そんなんじゃないんだよ、地球の人たちは、自由なんだ。オレ達だって本当はそうなんだ!EDENは間違ってる!!!
オレは、それを伝えに戻ってきたんだ!」
最後に壁ををもう一度思いっきり、ほとんど殴りつけるように叩く。
しかし素手でこの壁にヒビなど入るわけない。音すら鳴らない。
感じる痛みは尋常じゃなかったが、カズマに伝わりさえすればいいと、タケルは思った。

「その事だけを考えて、そのために戻ってきたのか?」

タケルの訴える全てを受け止めた後、ゆっくりと、聞き分けの無い子供に言い聞かせるようなテンポでカズマは問うた。
その表情はさっきまでの無機質なものではない。
少し驚いたような呆れたような、なんとも言えない複雑な心境がそのまま表れたような表情だった。
それは、タケルに自分の想いが届いたのだと思わせるのに充分だった。
「カズマ・・・カズマ!」
タケルの眉が下がり、口元が弛む。
果たしてそれは勘違いではなかったらしく、立ちすくむだけたっだカズマがタケルの方へ歩み寄り、
壁に添えているタケルの掌に自身の掌を重ねた。
距離は縮まったのに透明の壁が遮って、相変わらず熱も何も感じられないのだけれど。
「カズマ・・・?」
カズマの顔が近付いて、ほとんどタケルと同じ目線になる。
互いの瞳の中に互いの姿を確認できるほどに近付いて、それでも息遣いも何も感じられなくて
カズマの考えてることがまた分からなくなる。
「タケル、俺はな」
声が響いて・・・カズマが笑ったように見えた。こんな状況で、多分見間違いだろうけど。

「この2年半、お前のことばかり考えてたよ」

「え・・・?」

「    」
口が動くのだけが見えた。声が聞こえない、留置室への音声がカズマによって切られたからだ。

そして手が離される

無言のまま、背中が遠ざかっていく

「カズマ・・・おい、カズマー!!!」
カズマの2年半を知らないタケルはその背中を引き止める言葉を持っていない。
一番に言おうと思っていた「ただいま」の言葉は2年半の間に行き着く場所を失っていた。
膝から力が抜けていく。ゴツン、と額が壁にぶつかった。見えるもの感じるもの、全てが硬くて真っ白だった。
白い廊下、白い壁、カズマの服まで白くて、無性に青い色が見たいと思う。

その青は地球の海や空のような透明で大きな青ではなく
それを知らなかったころ・・・ビスと共にビークルをいじっていた頃の、カズマの少しくすんだジャケットの色だった。






 
   

***

カズマが好きだった・・・。