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どうしてこんな事になった?


辰羅川はその問いをもう一度繰り返す。
朝、学校に向かう途中で彼・・・猿野天国に会ってから、もうこれで何度目の自問だろう。

どうしてこんな事になった?

そもそも今朝、寝過ごしたのがいけなかった。
だから登校途中の彼に会ってしまった。

どうして寝過ごした?

寝不足と風邪がたたって。

どうして風邪で、しかも寝不足の状態になった?

先週までテスト期間で、ほっとけば本気で留年しかねない彼のために
四苦八苦していたから。

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「いーから寝てろって!!」
そして今、辰羅川は学校の保健室のベッドの上に寝かされている。
正確にはベッドから降りようとするたびに猿野に肩をつかまれ
布団の上に押し戻されてしまうのである。
話をするのもつらい状態、しかも相手が相手。
軽く眩暈を覚えるのは微熱のせいだけではないだろう。
「猿野君。早く教室に行かないとSHが始まります」
体力では敵わないと悟り努めて冷静に、それでいて
その裏に有無を言わせない拒否の意をはらんだ声で辰羅川は言った。
しかし、その声の表面だけしか受け取ってくれない猿野は
だって今オレがいなくなったらモミーぜってぇ教室行くし・・・と、うそぶいている。
言葉とは、かくも伝わりにくく儚く消え果ててしまうものなのか。
「遅刻しないように自転車で来たんでしょう?
 ここで時間を無駄にしていたらわざわざ無許可で自転車に乗ってきた
 意味がなくなりますよ」
噛み砕いた説明の後のため息をあざとく聞き「ほら!辛そうじゃねぇか」と猿野は言う。
それは実際には猿野に対するあてつけのため息だったのだが・・・。



つい数分前まで、遅刻しそうな二人を乗せた自転車は軽快に
重い雲が立ち込める空の下を走っていた。
水溜りを切り、風をつくって。
いまどき珍しい後輪の上に荷台のある猿野のママチャリ。その上に辰羅川は乗った。
その時カッターシャツの肩ごしに感じた辰羅川の手の熱さとかすかに赤く染まる頬。
それを猿野が敏感に感じ保健室に無理矢理ひっぱりこんで、今の押し問答に至っている。
二人乗りなど断ればよかった・・・激しい後悔が辰羅川を襲うが、それももう後の祭り。




「遅刻が嫌ならもう早退しろよモミー!
  テスト直後だから授業も大したことやんねーって」
その言葉の語尾に重なるように、朝のSH開始を告げる鐘が鳴った。
遅刻決定・・・猿野がつぶやく。
誰のせいだ・・・辰羅川は心の中で反論する。
「授業はいいんです別に。でも久しぶりですから・・・
 ここの所、雨続きで次はいつグラウンドが使えるか分かりませんし」
「は?何が?」
「部活」
ぽつりと呟いて窓の外を・・・正確には水溜りの残るグラウンドを見やる。
「おい、部活出るつもりかよ。熱あるんじゃねーか?」
「平気ですよ」
辰羅川は穏やかに笑った。苛立ちを、ありがた迷惑という感謝の気持ちで覆い隠して。



「・・・犬っコロのためか?」
少しの沈黙のあと猿野が口を開いた。
その言葉は思いのほか真理をついていて、辰羅川を驚かせた。けれど
「辰羅川がそんな頑張んのは、犬っコロのためか?」
「・・・」
「しんどくても立ち止まれないのは犬っコロのせいか?」
「ちがいます」
猿野の考える辰羅川の心理と、辰羅川にとっての真理は微妙に違う。
「お前がつまずいた時、アイツは手すら差し伸べないのか!?
  犬っコロはそんな薄情なのか!?」
「あなたに何がわかる!!」
体の奥の方からわきあがった怒りにかまけて出した大声は、情けなくかすれていた。
失態・・・・辰羅川は出かかった咳を必死にこらえ代わりに舌打ちをする。
「犬っコロはモミーを待つためなら、いっくらでも立ち止まると思うぜ」
掛け布団をぎゅっと握り締める辰羅川から目線をそらし猿野は言う。
泣いていると思ったのだろうか 同情したのだろうか。

実際には、辰羅川は笑いをこらえていたのだけれど。
必死になるまでもなく口元を押さえるだけで隠れてしまう笑みを。
的外れの思いやりを笑ったのではない。
ただ、自分は他人からそんなにも必死に見られていたのかと、そう思っただけ。
そんな自分は情けなくて 滑稽だ、とも。
「だから置いて行かれるなんて思うなよ。・・・オレだって―――
うつむいた猿野の言葉、その続きは床にぶつかって霧散していった。

「やっぱり何もわかってない。私は置いて行かれるのが怖いんじゃない。逆ですよ」

だから、そんな思いやりは最初から必要ない・・・と辰羅川は心の中で呟く。
差し伸べられる手はいらない
ただ私は、自分のせいで彼の足が止まるのが嫌なだけ
(歩みを止めないで それならいっそ置き去りにして欲しい)

「だから猿野君が気に病むことはないんです」

あなたにできることなど何も無いのだから、と
それを声に出さないのは、自分を気遣ってくれた猿野に対するせめてもの優しさだった。



「・・・雨、きっと降るぜ」
視線を床から窓の外に移し猿野は言った。
もっとも双方とも色はそんなに変わらない。灰色と曇り色。
「・・・」
「そうしたら外の部活は無し。筋トレのみでモミーは早退。了解?」
びしっと人差し指を眼前に差し出され辰羅川は
「・・・はい」
思わず返事をしてしまった。猿野はそれに納得したのかドアの方に向かう
納得はしたけど満足はしていない。
その証拠に猿野は「じゃぁな」と言ってドアに手をかけた時も笑っていなかった。





ドアを閉める音が響き、とたんに保険室はしんと静まり返る。
「まったく・・・煩わしい人ですね」
いつでも彼は喧騒と共に行動しているようだ。それとも彼が喧騒そのものなのか。
掛け布団をたたんでからベッドをおり、自分も教室へ向かおうとした時


弱々しい音が、辰羅川の耳に聞こえた。
まさか、とグラウンドを見ると
乾きかけていた水溜りに次々に波紋ができている。



よけいなことを

雨が伝う窓に手をかけ、辰羅川は毒づく
人間に天候を左右する力がないことなど百も承知だ。
でも雨は降った 降ってしまった。




無自覚で無遠慮な優しさほど美しく性質タチの悪いものは無い
どうしてあなたはそうなんだ・・・



それが濡らしたのは窓の外の景色





そして頬



空知らぬ雨は降り続ける。
それを涙と呼ぶことはできない。少なくとも、辰羅川は認めたくなかった。