突然メガネを取られて視界を遮られて口をこじ開けられて舌を入れられて抜き取られた。
その動きの一つ一つがあまりにも唐突で俊敏で強引で、
抵抗する間も、驚きすら感じる間もなくて。
夏空を背景に爽やかに笑う猿野の顔を見て、辰羅川はようやく奪われたモノを知覚する。
「もらっちゃったv」
違う。あげたのではなく奪われたのだ。
「猿野くん!!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ辰羅川を愉快そうに眺め、
猿野はこれ見よがしに取ったメガネをかけてみせる。
辰羅川が3年生になって選んだそのメガネは
猿野の顔には似合わずなんだかチグハグで、それがなんとも心地悪かった。
そこにあってはいけない物がそこにあるようで。
それが目の前の人物を別人に仕立て上げていて。
「いったい何を!?」
「怒った?」
笑みの形に歪んだ口元。薄いレンズの向こうの瞳は猛々しく。
文字通りガラス一枚隔てたその獰猛さに辰羅川は息を呑んだ。
「じゃ犬ッコロに告げ口すれば?無理矢理キスされましたって」
「なっ・・・」
「言えないよな?恋人がそんなコトされたって知ったら
 アイツ傷ついちゃうもんな?」
「そんなの・・・貴方には関係ないでしょう」
「恋人の部分は否定しねぇの?・・・まぁいいや。
 あのな、関係ないとかじゃねぇの。それ、あんま重要じゃないだろ。
 重要なのは、オレとモミーがキスしちゃいましたって事実」
「・・・」
「真実」
そう言うと猿野は変身を解くように背を丸め、両手でそっとメガネを外した。
丁寧にアームをたたんで差し出す。が、辰羅川は受け取らない。
猿野は差し出した手をしばらく空中で停止させていたが、やがて所在無さげに引っ込めた。
「・・・最低だ」
俯いた辰羅川が押し付けたその言葉の意味を租借するように、
衝撃を吸収するように、猿野をは息を一つ吐く。
気構えは出来ていても、感じる痛みは決して減らなかった。
「・・・上等。じゃあいっそオレが犬ッコロに教えてやろうか今のこと」
「最低な上に馬鹿ですか。それじゃ貴方も共倒れでしょう」
「そーだな。オレだって凪さんにバレちまうのはマズイ」
痛いところを突いたはずなのに、猿野は筋書き通りだといわんばかりの余裕の表情だった。
「だから誰にもこのことは言わない」
「・・・は?」
「オレ、今日のこと誰にも言わない。モミーも言わない」
不可解の次は矛盾。
追いつかない思考と畳み掛ける言葉の洪水が、辰羅川に反撃を許さなかった。
「二人だけの秘密」
「猿野くん」
「誰にも言うなよモミー、約束だぜ。指きりげんまん」
「・・・」
してやったりの笑顔で差し出された小指と、無言で差し出された小指をつなぐのは、
赤い糸でなくて共有する秘密だった。
手に入れたその繋がりを愛しそうに見つめ、確かめるように猿野は言う。
「約束」
約束と拘束はとても良く似ている。
でも上下に軽く振られるそのつながりは、今にも千切れてしまいそうで・・・

「貴方にそんなことは似合いませんよ」

その言葉でピタリ、と猿野の腕の動きが止まる。
「そんなことしなくても、貴方の誕生日くらいちゃんと覚えていたのに」
「・・・ぇ?」
「本当は、何が欲しかったんですか」
歳月が少しだけひろげた身長差、思い切って見上げた猿野の顔は
なんだか泣き出したいのを懸命にこらえているようだった。
「・・・言いたくない」
小指がかろうじで二人をつないでいた。













物ならいらない。お前には犬飼がいる。 だからせめて、オレはお前と共有するものが欲しかったんだ。 そんなコト言えるわけないだろ 辰羅川は聞きたいかもしれないけど・・・ 敗北宣言だもんな。